凍てついた心
「今日はイジュウイン伯爵家のパーティーだ。粗相のないように」
親父の言葉が頭をすり抜けていく。
どうせくだらないゴマすり連中のおべっか聞いて、見世物にされて、人形のようにじっとしていろというんだろ。
バカバカしいと思いつつ、この家にいる限りはこれが日常で。親のスネかじりの身としては逆らえないのが現状だ。
(ああ、くだんねえな)
そっぽを向きながら、窓の外を見る。
リムジンの窓には退屈そうで色白で生気のない、自分自身の姿が映っていた。
***
「まあ、カゲミツ様は相変わらずお美しいですこと」
「まるで物語から抜け出してきた王子様のようですわ」
「髪をお切りになったのは残念ですわ。私、カゲミツ様の長い髪の毛が好きでしたのよ」
同い年くらいの女連中に囲まれて、矢継ぎ早に繰り出される言葉を生返事で聞き流す。
そういえば、高等部に上がってからこういう連中が急に増えた。社交界デビューした女たちが自分に取り入ろうとしている理由が見え見えで辟易する。もちろん本人の意思でなく親の思惑もあるんだろうが。自分の娘をそういう風に利用する大人には軽蔑しか思わない。
いい加減この場から逃げたいと思っていた時のことだ。
「あら、カゲミツ様。お顔色がよろしくありませんわね。客室を用意しておりますので、少しお休みになったらいかがですか」
この家の長女の令嬢がそう声をかけてきた。年齢は自分より十は年上で、既に何処かへ嫁いだ人だったと思う。
「え…っと、では少し休ませていただきます」
これは幸いとばかりその勧めに従う。
「どうぞこちらへ」
ホールを抜け、ニ階へと案内される。
廊下の一番奥の、かなり豪華な造りの客室に案内されると、カゲミツはベッドに座り込んだ。
「お水をご用意いたしますわね」
サイドテーブルの水差しから水を注ごうとする令嬢の手を制する。
「いえ、結構です」
「そうおっしゃらずに」
強引に差し出されたグラスを仕方なく受け取り、一気に水をあおる。
「…?」
瞬時に襲ってくる、虚脱感。
起きていられなくなって、ベッドに倒れこむ。
「何……」
「あらあら、起きているのもお辛い様子。…さあ横になって……」
わざとらしい、心配そうな声。
肩に手をかけられ、仰向けにされる。それから、胸元が楽になったかと思えば、ネクタイがシュル…という音と共に抜き取られた。
気がつけば、シャツのボタンはすべて外され、彼女の手が直接胸を這っていく。
「何をする気だ……」
力が入らないまま、抗議を込めた声を出す。
「あら、何をするかお分かりかと思いますけど。……お分かりにならないのなら、どうぞ全て私にお任せ下さいな」
ズボンの前を緩められ、下着の上から性器を撫でられる。
「やめ…」
ゆるゆると撫でられるうちに反応していく自身に、屈辱感と嫌悪感を覚える。
しかし、それと同時にどうとでもなれという破れかぶれな気分にも襲われた。
(どうせ、いつか体験するんだ……)
誰に心を動かされることもなく、空虚な日々を送り、いつか親決めた結婚をさせられるなら。その時であろうと今であろうと大差ない。
カゲミツは、そのまま与えられる快楽に身を任せた──。
***
そんな関係を何度持っただろう。
キスをされても、どんなに快感を与えられても、心は冷め切ったままだった。
どうでもいいことがふと胸によぎる。
(お前がコンプレックスの塊で、いじけた弱い人間だってことがな)
──何も知らないくせに
そう思った相手から言い当てられた真実。
自分の本音をさらけ出した瞬間。
あの時、自分の心は確かに動いていた。
キス一つであんなに翻弄された。
あの時大きく動いた感情は、今どこに行ったのだろう。
あいつに会えばまた思い出すことができるのだろうか。
具にもつかないことを考えながら起き上がると、カゲミツは、乱れた寝床を後にした。
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