Don't remind me
(アラ→タマ DC2 4話の後)
タマキが、バンプアップに戻ると、アラタが一人で待っていた。
カウンターに腰を掛け、マスターと談笑していたアラタは、タマキを見ると一瞬嬉しそうに微笑み、それから急にふくれっつらになった。
「タマキちゃん、遅〜い。何処いってたの?」
「悪い…。ちょっと頭冷やしてきた」
今日は、敵を目前にして逃げられた──。
やり場のない憤りを、静めたくて──。
一人、シンジュクの街をぶらついて──。
そして、トキワに再会した…。
(あのキスは一体、何だったんだ…)
柔らかい唇の感触。
跳ね上がる胸の鼓動。
思い出すだけで、頬が火照ってくる。
無意識に唇を指でなぞるタマキを、アラタは訝しげに見る。
「誰かに会ってた?」
「え? ううん。本当にシンジュクを一人ブラブラしてきただけ」
思わず嘘をついてしまったのは何故だろう。
キスはともかく、人に会った事まで隠す必要はなかったのに…。
だけど、なんだか言ってはいけないような気がした。
それに、トキワについては深く考えてはいけない…という危険な感じを、本能的に感じていた。
「…そう?」
アラタはそれ以上追及はしてこなかった。
「それより、早くシャワー浴びようよ。カゲミツ君たちはとっくに銭湯行っちゃったよ」
「お前も一緒に行けばよかったのに」
そんな埃だらけのままでは、気持ち悪かっただろうと思う。
「嫌だ。タマキちゃんと一緒に入る。洗ってくれる約束でしょ」
こんな風に無邪気に言われると、断れないから不思議だ。
アラタのこういうところはホント、可愛いと思う。
「そうだな。…待たせて悪かった。上がろうか?」
「うん」
嬉しそうに、アラタが腕を絡めてくる。
「もう遅いから、今日は泊めてね」
思わず時計を見て、待たせた時間を実感する。
「もちろんだ。ほんとすまないな」
「気にしないで〜。ラッキーだと思ってるから〜」
アラタの笑いに救われる。
タマキ達は5Fに向かった。
* * *
「着替えとタオル…」
適当に用意していく。
その間、アラタは物珍しそうにキョロキョロ見ている。
「きれいな部屋だね」
「ああ。トキオが掃除・洗濯・料理まで。なんでもテキパキしてくれる…。俺がする間もないくらい」
「すごい…。あっちは?」
「そっちは、トキオの部屋。勝手に入るなよ」
「うん…」
「ほら、着替え出したから。入れよ」
「タマキちゃんも!」
「本当に一緒に入る気か? そんな歳でもないぞ?」
「だって。一緒に入りたいんだもん。いいでしょ?」
「…わかったよ」
あまりにも当然のように言われると、渋っているのがおかしく感じてしまう。
(ま、いいか…)
一緒に、服を脱ぎだす。
アラタの背中に傷を見つけたのは、その時だった。
「それ…」
タマキの視線に気づいて、背中を向ける。
「これはね・・・。子供のころに母さんにね…」
「あ…」
そういえば、以前も聞いたことがあるような気がする。
そんな様子に気づいたのかアラタが微笑んだ。
「思い出した? 以前にもこうやって、タマキちゃんとお風呂に入った事あるんだよ。その時にも話したんだ…。」
「ごめん」
はっきり思い出せないもどかしさ。言いづらい事を何度も言わせてることに、申しわけなさが募る。
「ううん。もう、大丈夫だから…って言いたかっただけ。気にしないで」
そういうと、アラタはさっさとバスルームに入っていった。
「…」
無言で佇んでると、アラタの声がしてきた。
「タマキちゃんも早く!」
「ああ」
タマキはアラタの後に続いた。
* * *
シャワーを浴びて、アラタの頭を洗ってやり、ふざけながら体を洗われて…。
確かに、こんなこと前にもあったような気がする…と思えてくる。
「着替え…少し大きいかもしれないけど」
「大丈夫…。ほら」
だけど、記憶の中では小さかったはずのアラタが、タマキのパジャマを遜色なく着こなしてるのを見たとき、改めて、彼の成長を感じた。
「…でかくなったな。アラタは」
「でしょ…。もうすぐタマキちゃんを抜かしちゃうよ」
「ほんとだ」
確実に、一年半もの月日が流れていることを思い知る。
「やっぱ、一緒のベッドはキツイかもな…」
「そんなことないよ。くっついて寝れば大丈夫。一緒に寝ようよ」
そういいながら、パジャマの裾を引っ張る姿は、昔のイメージのままだけど。
「わかったよ…」
軽く飲んで、適当につまんで…。それから寝ることにした。
「うふふ…あったかーい」
ベッドで体を寄せながら、アラタが小さく笑う。
「ほんとだ…」
人の体温が心地よい。
「ね…タマキちゃん」
「なに?」
「昔の事、どれくらい思い出したの?」
「徐々に。最初は名前を間違ってないかってヒヤヒヤしながら…」
「名前もあやふやだったの?」
「いや、あってるとは思いつつ不安で…。だけど、喋っているうちにいろんな事思い出してきた」
「…そう」
「だけど…。どうしてもあと一人、思い出せないような気がして…それが歯がゆくてならないんだ…」
『タマキ君…』
顔は思い出せないのに、声だけが蘇る。自分の名前をそう呼ぶ人物は…。
「そんな人…いないよ」
(もう…いないよ)
アラタは心の中で呟きながら答えた。
「…そうか」
あれはやっぱり気のせいなのか…。タマキはそう思おうとする。
「タマキちゃんは、昔の事全部思い出したい?」
「そりゃ…。思い出した上でみんなにちゃんと謝りたいと思ってる」
みんなを裏切った事。そして忘れてしまったこと。
「だけど…。僕はタマキちゃんが、過去を思い出すのが不安なんだ…」
アラタが、腕を絡めて縋り付いてくる。
「どうして?」
「思い出したら、また出ていってしまうんじゃないかって。僕らを置いて」
「そんなこと…。二度としない」
過去の自分が、その記憶故に彼らを裏切ったとしていても…。
今度は、それで裏切るわけにはいかない。
「ホントだね? 思い出しても、どこにも行かないでね」
「ああ」
「約束だよ」
「約束する」
「今度、裏切ったら…。僕はタマキちゃんを殺してしまう…」
アラタがぎゅっと、縋り付く腕に力を込めた。
…あの時、手を離された記憶がまざまざと蘇った。
アラタは本気だ。
「だって、そばに居てくれないんじゃ、死んで居ないと同じだもの…」
アラタは腕を解くと、タマキの体に被さるように抱きついてきた。
「二度と逃げないで…」
「アラタ…」
「僕は、ずっとタマキちゃんの事が好きだったんだから」
そういいながら、アラタは身体を起こすと、タマキの頬を両手で覆った。そして、そっと口付けてきた。
「ん…」
柔らかくて温かい感触。
タマキは戸惑いながらも、アラタを拒むことが出来なかった。
今、拒んだら、何か失ってしまいそうで。
壊してしまいそうで。
アラタは、唇をついばむような口付けを繰り返していく。
そして、口腔に忍び込み、舌を絡ませるさらに深い口付けに変わっていった。
息継ぎがままならなくて、頭の中がじんわり痺れてくる。
──なにかが、頭の隅で点滅する。
この感覚は危険だとタマキは思った。
アラタが、唇を離す。そして、そのまま首筋にキスを落としていく。
そして、シャツに手を忍ばせた。
タマキは乱れた呼気を整えようと、息を吸いながら言った。
「アラタ…やめて」
「どうして? もっと気持ちよくしてあげる」
アラタは、そのままタマキのシャツをたくしあげながら、肌をなぜる。
以前は、タマキの反応を見るのが楽しくて悪戯半分だった。
だけど、今はもっと切羽詰った感情に支配されていた。
タマキを抱きしめたい。そして、離したくない。
もう、誰にも渡したくない。どこにも行かせたくない。
「お願い…。逃げないで」
胸の突起にも口付けを落とす。もう片方を指先で撫でる。
「あっ…はっ……ん…」
ウブな反応は相変わらずだ。
だけど、今のは、初めての事に動揺している反応ではなく、明らかに快感を汲み取っているいるそれだ。
慣らされた身体──。
そして、それが誰によってもたされたかを、アラタは知ってる──。
「もっと感じて」
もっと、自分を感じてほしい。彼の跡を払拭できるくらい。
「だ、ダメだ。アラタ…」
タマキは、背筋を駆け上がってくる快感とは別に、ほかの感覚をも呼び起こしていた。
──俺は、この感覚を知っている。
──肌と肌を合わせる感触。愛撫されて得る快感。
──どうして?
このままこの行為を続けたら、思い出しそうな感覚。
開けてはいけない扉が、開きそうな予感。
見てはいけないものを、見てしまうかもしれない恐怖。
「や、やめて! アラタ…。怖い!」
「タマキちゃん?」
タマキの声の異変に気づいて、手を止める。
「お願いだ…。このまま続けると、なんか怖いことを思い出しそうで」
「タマキちゃん…」
アラタは、タマキの乱れたシャツを戻した。
それから、タマキの頭を撫でた。
「もう大丈夫? …ごめんね。嫌なことして」
「ううん、違うんだ。なんか俺、変なんだ」
過去を思い出したいと言ってるくせに、思い出すのが怖いなんて。
矛盾した感情が渦巻く。
理性では思い出そうと思っている、感情がついてこない。
いったい、この感情はなんなんだ。
「思い出したくないなら、無理に思い出そうなんて思わないでね」
「……ああ」
ようやく恐怖の感情が収まってきて、ほっと息をつく。
「記憶があっても、なくても…。僕はタマキちゃんが好きだから」
もう一度、横に寝転ぶと、腕を絡ませてきた。
「うん。ありがとう…。アラタ」
「寝よっか」
「そうだな、おやすみ」
「おやすみなさい〜」
タマキが安らかな寝息を立てはじめた後も…。
アラタはまんじりともせずに天井を見つめていた。
2010/04/13
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