君を待つ夜
「37.2……。だいぶ熱も下がってきたな」
体温計を見ながら、俺はほっとした声を出した。
タマキが風邪をひいて3日目。
峠は越えたようだ。
寝返りの数も減ってきたし、寝顔もいつもと同じになってきた。
もう一度額の汗を拭いてやってから、額に冷たいタオルを置き直す。
「う……ん…」
少し眉を寄せていたタマキが、ふぅっと息をついて表情を緩める。
(よかった。気持ちよさそうで)
熱を冷ます効果はないが、火照った顔に冷たい感触が気持ちいいのは、俺も知っていた。
前に自分が風邪をひいた時に同じようにしてもらったから。
俺は、ベッドにもたれかかるように座り、肩肘を付きながら、タマキの寝顔を見つめた。
(幸せだな……)
タマキが苦しんでいるのに、こんなことを思うのは不謹慎だと思う。
だけど、タマキの事だけを思い、心配し、甲斐甲斐しく尽くすこのひと時は、俺がタマキと生きているという幸せを実感させてくれる。
ただ、早くよくなる事だけを、心から願える。
『同じ気持ちを分け合うことは出来ないのかもしれないけど、解ろうとすることが何よりも大事なんだ』
俺が苦しんでる時に、寄り添うように手を握りながら、タマキが言ってくれた台詞。
そうだな。
思い出せる痛みがあることで、誰かに優しくなれるのなら、自分も風邪をひいたことがあってほんとうによかったと思う。
ローテーブルの上のパソコンの光がタマキの寝顔を白く映し出している。
タマキが寝息を立てるのをしばらく見守ってから、俺は体を起こすと、再びパソコンに向かい始めた。
やりかけだった仕事も、後もう少しで終わる。
終わったら、そっと布団に潜り込んで、タマキを見つめながら眠りにつこう。
「あと一息、頑張るぞ」
眠気覚ましにかけたラジオから、ただ一途に恋人を想うラブソングが流れてきた。
今の自分の気持ちが漏れ出てきたのかと錯覚しそうだ。
タマキの声を聞き逃さないように小さくかけたラジオの音が、夜に降り積もっていく。
自分の気持ちとともに。
こんな風にただ心をどこまでも静かにして、お前の声を待つ夜が、俺を優しくする。
お前を今、待っている俺になれて
ほんとうによかった。
「君を待つ夜」
Song by 槇原敬之
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