それすらも愛しき日々3(キヨタカ)
(DC2キヨタカGOOD END後)
人は、心が弱っているときはどんなことでも、悪い方へ考えてしまいがちだ。
あの時の俺は、それの最たるもので…。
どんなにヒカルとの愛を信じていようと、それが上手くいくとは思えない時期だった。
事後処理に明け暮れていたあの時。
会議だの各方面への陳謝だの、穴埋めの任務だの。
そんなことに忙殺され、ろくに彼に会えないまま日々は過ぎていった。
だけど、それで彼との仲が壊れるとはその時はまだ考えてはいなかった。
「大丈夫か、キヨタカ」
「マスター…」
傷がロクに癒えないまま強引に退院し、こうして走り回っている俺を気づかって、マスターが俺に付き添ってくれることが多くなった。
「大丈夫です。…あなたにそんな気遣いをさせてしまうことが、本当に申し訳ないですよ」
「馬鹿…。お前が一生懸命手を尽くしてくれたことは、俺だってよくわかってるつもりだ。そんなに気に病まないでくれ。俺に気を使うようになったら終わりだぞ」
「…はい」
「それより、今日ヒカルが退院だって? 早く戻れるといいんだが…」
「次の面談が早く終わることを祈りますよ」
その日の、面談は、新任の警視総監と宮家との顔合わせで。
今回の不祥事と、ヒカルの身をここまで危うくさせた非を詫びる場だった。
「誠に申し訳ございませんでした」
深々と頭を下げる。
「ヒカル様がお亡くなりになっていたら、そんな事では済まされない場ですけれど」
宮家の重鎮たちが渋い顔で答える。
「この警察の面汚しが。おめおめと生き延びて…どの面下げてここにやってきた」
新しい警視総監から口汚く罵られる。まわりには新しい総監の一派が並んでいる。
体面の為なら、俺は殉職でもしていて欲しかったということか。
父がこの場にいないということは、彼も立場を危うくしているに違いない。
別に罵られること自体は構わなかった。狸親父の体面まで気づかう気もない。
実際、俺は任務に失敗したわけだし、警視総監の命も救えなかった。
ヒカルは本当にもう少しで死ぬところだったし、こうやって彼が生きていることさえ奇跡だと思っている。
「これ以上、あなたにヒカル様をお任せすることは出来ません。退院したらすぐに宮家に連れ戻します」
…そうなったら、なかなか会うのが難しくなるなとぼんやり考える。
「今後、あなた方とは一切お会いさせるわけには行きません」
「え…」
一瞬言葉に詰まった。
「それは、あんまりではありませんか」
マスターが俺の気持ちを代弁するように言う。
「どこがあんまりなものですか。これ以上、宮家に悪影響を与えないでいただきたい」
「君はもう下がってよいよ。前総監の息子らしく、今後はもっとしっかり管理してもらいたいものだな」
新しい総監がマスターに向かってそう言い放った。
「それから…お前はまだいう事がある」
俺への話はまだ終わってないらしい。
「しかし…」
「マスター。先に戻って下さい。ヒカルに…またすぐ会えると伝えてくださ…」
ガターン…。思いきり横っ面を殴られた。傷のせいで力が入らない俺は、あっけなく横転する。
「キヨタカっ」
「さっさと行け」
「行ってください、マスタ―」
「わかった、伝えるよ。…失礼します」
マスターが俺を気にしながらも退室する。
「やれやれ…。本当にやっかいな奴ばかりだな。J部隊というところは…」
忌々しそうに、総監が言い捨てる。
「まだ会うつもりでいるのも厚かましい」
「ヒカル様にした悪行の数々…。宮家が知らぬとでもお思いか!」
「悪行…ねぇ」
ガツッ…。今度は横腹を蹴られた。
(今ので……傷が開いたな……)
「これが悪行でないというのなら…身をもって知ることだ」
総監が、ベルトに手をかけるのが見えた──。
「う……っ。……くっ……」
何度目かの暴行を受けながら、意識を声のする方に戻す。
宮家の人間が、さげすむような目をこちらに向けながら言い放った。
「とにかく、ヒカル様にはこんなことを続けさせるわけにはまいりません。宮家できちんとした縁談があるのですから。…こんなこと、見るに堪えない。失礼しますよ」
宮家の人間たちが出ていく気配がする。
「もちろん、警察としても、このまま見過すわけにはいかない。今後もお前たちが接触するようなら、お前の首はもちろん、J部隊の存続さえないと思え」
何度も、罵られ、犯され、殴られ、蹴られしているうちに、自分の正当性がどんどん危ぶまれていった。
こんな状態に置かれて、果たして本当にヒカルを幸せに出来るかどうか…。自信がなくなってくる。それでなくても宮家に帰れば彼の輝く未来は保障されているというのに…。
「身をわきまえろ」
最後にそう言い捨てられ、床に投げ出された。
全ての気配が消えて、意識も失った俺は、後から戻ってきたマスターに助け出された。
戻った時にはヒカルはおらず、マスターもヒカルの別れには間に合わなかった。
何の約束も出来ずに別れてしまった。
そして、会う手段も残されてなかった。
俺に残ったのは、彼への思いだけだった──。
2010/06/28
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