CROSS DELUSION
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Project DC 14.5
(DC2パラレル)


カゲミツが出ていった後。

タマキはそっと部屋を出ると、トキオが帰っているか様子を伺った。

人の気配はなかった。

ほっと、溜息をつく。

「行かなくっちゃ…」

サイドテーブルのロザリオに目を落とす。

それから、サイドテーブルの引き出しを開けた。

一番奥にある、小さな包みを取り出すと、ポケットにしまう。

「これは、裏切りじゃない…から…」

そう呟きながら、体をかき抱く。

身体にはまだカゲミツに抱きしめられた感触と、名残の痛みも残っている。

あの時に語った気持ちに嘘はない……。

なのに、こんなに苦しいのは何故だ。

「過去との決別のために…必要なことだから」

自分自身に、無理やりそう納得させて。

タマキは部屋を後にした。






──あの、ロザリオのメダイの蓋が開いたのは偶然だった。

いつものように、悪夢から目覚めて、ロザリオを確認して、手繰り寄せようとした時、手が滑った。

そして、拾おうとしたとき、蓋が緩んでいることに気付いた。

きっと落としたはずみにメダイをどこかにぶつけてしまったんだろう。

なんだろうと思って、開けてみると、そこには小さなメモリカードが入っていた。

(また、落としたら失うかもしれない……)

そう思って、サイドテーブルの引き出しにしまった。

その時は、時に中身がなにであるか、気にしなかった。

ただ、漠然とロザリオの持ち主のものだから、大事にしまっておこう……そう思っていた──。




今は、その持ち主の名前も、顔もはっきり思い出せる。

このデータも、それを隠した経緯も。

「ねえ、タマキ君。……このデータにパスワード掛けたいんだけど、タマキ君が決めてくれる?」

「いいよ」

目の前に置かれたノートパソコンと、それに接続されたカードリーダ。

そこに挿してあるのはマイクロSDカード。

「何にしようかな…」

考えながら、周りを見回すと、目に入ったのは、異国の言葉で愛と綴られた、アンティークな小物。

「じゃあ、ここの国の言葉で『俺はお前を愛している』で…」

実際にはちゃんと名前も打つ。

カチャカチャとキーをたたく音が響く。

「キスマークもつける? xxxって…」

茶目っ気でそういいながら振り向くと、彼の顔が近づいてきた。

「それは、こっちにつけてよ──」

重なる唇……。








「……っ」

胸が苦しい。

唇の感触や、触れる肌の温かさ。

そんなものはすべて封印したはずだった。

彼にまつわる記憶や、データのパスワードは、決して思い出してはならないと思ったから。

病院でいろんな検査を受けながら、自分に施した暗示。

人は、思ったより簡単に忘れることができる……。


なのに、思い出すのも、思ったよりたやすいなんて。

それが、カゲミツの腕の中で…だなんて、なんて皮肉だろう。






シンジュクのスラム街を抜けて行く。

寂れた教会にたどり着いた。

タマキはそっと扉を開けた…。

前回はなんの変哲もない教会だったのに。…今夜は違って見える。

懐かしくて、そして辛くて、胸の痛む場所。

あの時の想いにも嘘はない。



──今すぐ、誰か俺を殺して!



彼のいない世界なんて無意味だと思っていた。

彼が死ぬなら、自分も死にたいと思った。

助かった彼と、二人で生きて、新しい居場所を探そうと思った。


そして──。


そんな場所は、どこにもないと悟った。





追われ続け、心休まる時はない。

常に死と隣り合わせの時間を、ひたすら逃げ続ける。

身も心も疲弊していく日々。

だけど、一緒にいたかった。

一緒にいるだけで、充分だった。

このまま一緒に死ねたら最高なのに……と思う事さえあった。

だけどそれは叶わなかった。


実際、死に損なって、こうやって仲間の元へ戻った時。

これほどまで、自分の事を心配し、必要としてくれる者がいることを知った。

今、自分がこうやって生きているのは、仲間のお陰だと思っている。

もう一度、彼らを裏切ることは出来ない。

ならば、自分に出来ることはなにだろう。



仲間のために生きること。

自分のために生きること。

そして、彼を生かすために生きること──。



一緒に、生きられないと悟った今、

自分に出来ることはそれしかない………。







教会の中は誰もいなかった。

しんと静まり、質素で厳かな雰囲気を湛えている。

あの時の思いを噛みしめながら、ゆっくりと祭壇に近づいていった。

もしかしたら、ここで会えるかもしれないと思った。

「……こんな時間に、いるわけないか……」

そう呟きながら、踵を返そうとした時。

一番前の席から、起き上がる影があった。

「誰?……って、タマキ君?」

こちらに振り向く顔。

「………」

驚きで言葉が出ない。

まさか、こんな時間に、本当にいるなんて。

「あ、驚かせたかな…。お祈りに来て、なんだか立ち去りがたくてね……。ぐずぐずしているうちに、うたた寝してしまったみたい」

そういいながら、立ち上がるとタマキのほうへ近づいてくる。

照れながら微笑む姿は昔と変わらない。

湧き起る感情を押えようと、必死に唇を噛みしめる。

そんなタマキを、彼は怪訝そうな顔で覗き込む。

「どうしたの…?」

苦しくて声が出ない。

「…あっ。……もしかしてこの間の事、気にしている?」

必死で首を振る。

「じゃあ……」

「……いたかった…」

「え?」

「お前に、会いたかった……カナエ」

「タマキ…君」

驚いて、息を飲む気配。

これ以上はもう堪えらない。

タマキは、カナエの胸に縋り付きそうになる自分を必死に抑え──。

彼を見つめ、それから静かに目を閉じる。

そして、どうしても言わなければならない言葉を、伝えた。

「ごめん──」

涙が、頬を伝っていくのを感じた。



カナエは、そんなタマキをそっと抱き寄せ、泣くがままにさせてくれた。

どれくらい、そうやって抱き合っていただろう。

タマキが落ち着いたのを見計らって、カナエが話しかけてきた。

「思い出したんだね……」

「ああ……」

「だけど、……もう元には戻れないんだね」

一瞬、体が強張る。

だけど、答えないわけにはいかない。

「……ああ」

「そうだよね。……だからごめんなんだ」

「ごめん」

「ううん。俺のほうこそごめん。君をこんな道に引きずり込んで、そしてその手を離してしまった──」

「あの時一緒に逃げ出したことは、後悔してない! 引きずり込んだのは俺のほうだ。」

「…うん。」

「だけど、お前の為だけに死ねなくなった……。俺……カゲミツに抱かれた」

カナエの手が一瞬強張る。

それから、ゆっくり息を吐くのが分かった。

「うん……。カゲミツ君なら、君を幸せにしてくれると思う」

「それから、アラタや隊長や、ほかのみんなの為にも、もう裏切ることは出来ない」

「うん…」

「だから、これをお前に……」

タマキは胸元から、カナエのロザリオを取り出した。それからデータも一緒に手渡した。













「このロザリオは捨てたことにしておいて……。もう自分には必要のないものだからとでも言って……」

「うん」

「このデータは……。きっと上層部の手垢のついたものだから、俺にはもう持って帰ることが出来ない。……そのまま、蓋があいたら出てきたって、正直に伝えてよ。そのほうが疑われない」

「うん……」

「俺の事は、思い出さないままでいることにして……そのほうが、タマキ君への危険も少ないはずだから」

「っ……」

「あと、このロザリオを始末したいんだけど、手伝ってくれる?」

カナエにそういわれてロザリオを受け取る。

「そのまま手を伸ばして、ロザリオを下げてくれるかな」

いわれたとおりに、右手を伸ばして、その先にロザリオを垂らした。

カナエが銃を構えて、それを狙う。

……一瞬自分の方に銃口が向いたような気がした。

けど、そのまままっすぐ、ロザリオを打ち狙う。

メダイの真ん中が打ち抜かれて、ロザリオはバラバラに散った。




それを、見届けると、カナエが背を向けた。それから、懇願するように言った。

「さよなら、タマキ君。──このまま行ってくれる?」

「カナエ……」

「お願いだから、でないと、俺、君を抱きしめて離せなくなるよ!」

悲痛な声が響く。

「…さよなら、カナエ」




タマキは、そんなカナエに縋り付きたくなるのを必死でこらえ、教会を後にした。

2010/04/27

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