『…テーション、終点です。お忘れ物の無いよう…』




…あ、寝てたのか私……
終点か…
乗り過ごしたかな…


『…左側のドアが開きます。本日もご利用ありがとうございました。』









01. ここどこよ、わたしだれよ









降車する人たちの波が去ったのを見計らって電車を降りる。
まだちょっと眠い。

終点だったから降りたけど、ここどこだろ…
きょろきょろと辺りを見回して、駅名を確認する為に掲示板を探す。
私、電車で寝ることってあんまり無いのに…終点まで来てしまうとは、前代未聞な程に爆睡してたらしい。
放送もうとうとしてたせいで聴き取れなかったもんなぁ。

見覚えの無いホーム…来たことない駅かも。
あ、掲示板あった。 終点駅だから…ここは…





『ライモン...ギアステーション』





案の定、全然知らない駅名だわ。
乗り過ごして変なとこまで来ちゃったっぽい。
んーどこらへんなんだろここ。どこか他の線と乗り換えできる駅なのかな…


「えーっと乗換案内アプリ…」


文明の利器でさっさと調べて戻らなきゃ。
どのくらいの時間ロスになるのかなぁこれ…1時間とかで済むのかな…
とにかく遅れるって連絡も入れないと。
お詫びはゴハン奢ろ。



…?

私今日誰と待ち合わせしてたんだっけ?
……まだ寝呆けてるっぽいなこれは




「って、あれ?」


定位置のショーパンのポケットにスマホがない。
バッグに入れたんだっけ?…あー駄目だ全然覚えてない。


「………って、あ、あれっ!?」


なんと。
バッグもない。


え、ええええええ!? バッグ持ってないよ私!!?
な、何で何で!!!?!?!?
何故!?


…あ、そうだ電車の座席に忘れてきた!?のかな!?だね!?


…っあー嫌な汗出たぁ……
メインバッグ忘れるとか居酒屋でもやったことないよー…

後ろを振り向くと良かった。 幸いまだ電車は止まってる。
シャレになんないよ…お財布もスマホも無くしたとか…ほんと…
ドアは閉まってしまっていたので、適当に駅員さんを捕まえてドアを開けてもらおう。

と、思ったのだが。


「…え、あれ…うそ…………」


何と無く閉まってるドア越しに中を覗き込んでみると、さっきまで私が座っていたところにバッグらしきものは無かった。


…詰んだ?

あ、や、で、でももしかしたらもう忘れ物の回収とかやった後なのかもしれない!
うん、聞いてみよう!! うん!!!




−−−−−−−−−−


「バッグのお忘れ物ですか?分かりました。こちらで少々お待ちください。」


深緑色のレトロな色合いの制服が素敵な駅員さんを捕まえて、忘れ物をした旨を伝えると、接客指導が行き届いているようで嫌な顔一つせず笑顔で対応してくれた。

こういう時、商売だと分かっていても人の優しさが嬉しい。
あああありますようにありますように!なむなむ!
っていうか無かったら本格的に詰む。


「…お待たせ致しました。
申し上げ難いのですが、お客様がご乗車になられていた車両に、女性物のバッグと見られる物はありませんでした。」


オワタ \(^o^)/
でもなんか嫌な予感はしてた!
あっはっは…ぁー まじかぁー…


「そう…ですか。お忙しいところありがとうございました。」


さて詰んだ。どうしようか。
お礼を言い、とりあえず場を離れようとすると駅員さんに呼び止められた。


「あ、いえそれでですね、差し支えなければどのようなバッグか教えていただけますか?
よろしければ点検の際にもう一度探させていただきますので。」

少々お時間いただいてしまいますが、と…



…え、駅員さん優しいありがとううううう
この線これからできる限り使いますね!


「あ、ありがとうございます!えっとですね…」




…あれ?


「あ、えっと色は…」


あれ。あれれ?
私 今日、どのバッグで来たっけ?

お気に入りのローリーズファームのキャンバス地ボストン?
ノーブランドの合皮の黒いやつ? 友達からもらったショルダー?
それともブランドものだっけ?
ゴルチェのミニボストン?ゲスのトート??
それとも暑くなってきたから籠バッグ???

…どれ?


「あ…」


えっ、どうしよう分からない。本気で分からない。
なっ、何で?何で何で?
何で何で何で何で何で何で何で何で!!?

何で分からないの!?

目の前では駅員さんがちょっと怪訝そうな面持ちで私を見てる。
そりゃ怪しいよねバッグ無くしたとか言ってる癖にどんなのかわからないとか、窃盗しようとしてるみたいだ。
でも無くしたのは本当だし探してほしい。でも…どれ?

どう…答えればいいのこれ。
自分の持ってたバッグが分からないなんてこの状況、どう説明すれば…?
わ、わかんないわかんないわかんない!
どうしようどうしようどうしよう


「お、お客様!?どうなさいました!?」


気付いたら涙が出ていた。
あ、これパニック症状だ。完全に混乱してる。
頭の中真っ白だ。
ああ駅員さん困ってる。ごめんなさい。
分からない頭でもなんとか説明しないと…
あっ上手くしゃべれない。


「お加減が悪かったのでしょうか…気付かず申し訳ありません…!
医務室の方にご案内させていただきますので、どうぞそこでお休みになってください。
遺失物はその間に、当駅以外の通過駅にも問い合わせ探させていただきますのでどうか安心なさってください。
きっと見つかりますよ。」


声が出せずにいる私に駅員さんは優しく声を掛け励ますと、医務室に案内してくれた。
うう優しさが本当に身に沁みる。ありがとうございます…
なんでこんな時にパニックなっちゃうかな…

でも正直ベッドで休めるのはありがたい。
何故か今日持ってきたバッグも思い出せないほど脳が切迫してるみたいだし、軽く横になって一度思考をリセットしよう。
それで落ち着いたら現状把握して色々考えよう。
あーバッグが見つかれば考えずとも全部解決するんだけどな…

そんなことを思った矢先、ガラスに映り込んだ自分の姿を見て
『あ、バッグなんてあってもなくても変わんねぇや。』
と、どこか他人事のように思った。



なんと、そこに映った私は私ではなかったのである。







え、これ、誰。








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ケータイとか財布なくしたかと思った時の血の気が引く感覚ってヤバイですよね。
その感覚をできるだけリアルに書きたかったんですけど、難しい。



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