ノボリ兄さんが、私のことを好きだという。


異性として。












「ナマエ、最近ノボリのこと避けてるね」

「っそ、そう?」

「うん。ノボリ、最近元気ないし。仕事でのケアレスミスも多い」


…うん。避けてる自覚は…ある。思いっきり。

今も…いつもの団欒タイムなんだけど、夕食が終わり次第、私はお風呂に逃げ、次の順番をノボリ兄さんに半ば無理矢理押し付け、今に至るわけで。
まあ…ばれない方がおかしいよね…ここしばらくこんな感じだし。


「告白されたんだって?」

「……ご、ご存知で…」

「うん。ノボリに聞いた」

「…左様で…」

「まぁ聞かなくても分かってたけど。ノボリ、結構前からナマエのこと好きだったし。あー言ったんだな〜って。」

「そ、そう…なの…」


苦い顔しか出来ない。なんか気まずいなぁそれも…


「ね。ナマエはノボリのこと嫌いなの?」

「そんな訳ないじゃない…というか、クダリ兄さん、嫌じゃないの?」


仮に、仮にだ。
私とノボリ兄さんが付き合うなんてことになったら、クダリ兄さんめちゃめちゃ居辛いんじゃないだろうか。


「なんで?家族なのは変わらないじゃない」

「ん、んー?そういうもの?なんかよく、兄さん達って二人でギャイギャイしてるし…私が誰かと付き合うのって、嫌なんじゃないのかなって思ってたんだけど」

「ノボリならいいよ。」

「あ、そ、そう…」

「ぼくはノボリもナマエもだいすき!ふたりが幸せならぼくもしあわせ!なーんにも問題ない!」


クダリ兄さんが両手を広げて天真爛漫に笑う。
そういうもんなのかなぁ…


「でもさー、ノボリとナマエが結婚したら、ナマエってぼくのお姉ちゃんになるの?それとも妹のままなの?どっちだろう?」

「えっ?…う、うーん?どうなのかしらね」

「ねーノボリはどう思う?」

「…えっ」


バッ、っと後ろを振り向くと、お風呂上りのノボリ兄さんがいた。
何で!?いつもより上がるのすごく早い!
ノボリ兄さんが上がるちょっと前に自室に引っ込もうと思ったのに!


「姉、ではありませんか?戸籍上の繋がりが出来ますから、そちらの方が有力でしょう」

「そっかー」


ち、ちょっとこの場でそういう話は私がすごく居辛いからやめてほしいんですけど。


「じゃ、ぼくお風呂入るね〜」

「あ、私ももう部屋に…」

「それはダメ!」


クダリ兄さんに続き、ソファから立ち上がろうとしたら、クダリ兄さんに笑顔で肩を押さえつけられた。


「このままなの良くない!団欒もいっつもバラバラ!ぼく寂しい!ポケモンたちも寂しい!
だからナマエは今からノボリとお話タイム!」

「っえ、ええ!?…あ、だ、だから今日はどの子もボールから出してなかったの!?これって計画的犯行なのね!?」


クダリ兄さんは、ノボリ兄さんが烏の行水で済ませてくることも知っていて…!


「ピンポーン♪でも気付くの遅い逃がさなーい♪
ぼくお風呂上がったらそのまま部屋にひっこむから〜!ごゆっくり」

「ち、ちょっ!?クダリ兄さん!」

「あはは〜じゃねー」


バタン!
勢いよくリビングのドアが閉められた。…えええー。


「…すみません。クダリからの提案でして、わたくしとしてもこのままではと思いましたので、協力していただきました」

「う、あ…は、はい…」

「…返事を、頂けませんか。」

「あ…え、えっと…ちょ、ちょっと待って。兄さん、お風呂上りで喉渇いてるでしょ?先に飲み物持ってくるわね」


ソファに居られなくて、キッチンに移動する。…最低なことをしているのは、分かってる。
正面から好意を伝えてくれたノボリ兄さんに対して、失礼だということは、十も承知だ。
でも…分からない。どう答えたらいいのか。

ノボリ兄さんに対して、私は兄以上の何かの思い入れは、無い。自分の中での位置付けは、クダリ兄さんと同じだ。
兄として、人間としては好きだけれども、恋愛感情で好きかと言われると…。
私は、このままの3人での、兄妹の関係で居たいと思う気持ちが、とても強いのだ。今の…いや正確にはちょっと前までの、関係でいたいと。

…でも、さっきクダリ兄さんは、ノボリ兄さんは結構前から私を好きだったって、言ってた。

しばらく前から…兄妹の関係は、ノボリ兄さんの犠牲があって成立してたんだ。
どうせ、壊れるのだと。一度壊さないといけなくなっているんだと。

…どうしたら、いいんだろう。
わたしは、どんな風に、ノボリ兄さんに返事をすればいいんだろう。分からない。


「…ナマエ」

「っえ!?あ、の、ノボリ兄さん…」


そんなに考えることに夢中になっていたのか、ノボリ兄さんがすぐ後ろにいた。
…あ。私飲み物用意するとか言っておいて、グラスも出してない…。


「貴女の考えていることは…だいたい分かっているつもりです。悩ませてしまい、申し訳なく思っています」

「…そ、そんな。兄さんが謝ること、じゃ…」

「ですが、どちらの答えだとしても、ナマエが危惧しているようなことは、致しませんよ」

「え…」

「わたくし達の関係は、変わりません。生活も、変わりません。誓って約束致します。
…ですから、どうか、素直な返事を頂けませんか」


…悟られてた。私の不安。変化を恐れる私の気持ち。
兄さんは、私を安心させるかのように、優しく微笑む。…こういう顔も出来るんだなぁ。


「に、いさ…」

「ストップでございます。その呼び方はやめていただけませんか。」

「えっ」

「わたくしは今、貴女の兄ではございません。貴女をお慕いする、一人の男です」

「!? っな…!?」


…な、なんちゅーことを!?
あ、い、いや…そ、そうよね。そういうこと…なのよね。私兄さんに告白されたんだもんね…
…でも。


「い、今更…!兄さんは兄さんよ!」


こう反論する権利はわたしにもあるはずだ。
数ヶ月、妹としてやってきて…気持ちの整理が付かないこちらの都合も分かってよ!


「違いますでしょう?わたくしとナマエは、兄妹ではない。他人の、一人の男と女なのです。…こら。逃げないで下さい」

「だ、だって兄さん…!」

「おやまた。物覚えの悪い口は塞いでしまいますよ?」

「や、やだやだや…ひゃん!」


兄さんから顔を背けると、フッ、っと耳に息を掛けられた。背筋がゾクッとする。
あ、や、やだこれ。力抜ける。…ってなにするの!?


「…そのように無防備だから、いけません」

「な、何が!?」


吹かれた耳を髪と手で押さえつけ、キッと兄さんを睨みつける。…顔が赤いのは分かってる。


「ナマエは、息をするのと等しく、男性を惹きつけるというのに…貴女はこんなにも」

「…っあ!んっ」

「…ほら。口の防御がお留守です」

「〜〜〜!!」


耳を押さえた手に手が重ねられ、もう片方の手首も掴まれ、ちゅっ。と…キス、された…。
わざとリップ音を大きめに響かせて、私に見せつけるかのように。


「だから貴女から目が離せない。いつ、悪い虫に食べられはしないかと、心配で心配で仕方がない」

「っこ、こんなことするの、ノボリ兄さんだけよ!」

「またそのように。誘われていると解釈してしまいますよ?」

「さっ!?」

「物覚えの悪い口は塞ぎますと言ったでしょう?」

「あ、ち、ちが…!っふ」


またキス。今度はさっきより唇を長く押し付ける、プレッシャーキス。
気付くと兄さんの片手は私の腰に沿われて、ぐっと抱き寄せられていた。
離れざまに下唇を甘く噛まれる。


「ふ、あ、」


口の端、頬、瞼、額。慈しむような優しいキスが次々と降り注ぐ。…文句の一つも言ってやりたいけど、無性に恥ずかしくてたまらない。
兄さんの顔なんてとても見られなくて、目をぎゅっと閉じてキスの雨に耐える。あ、か、髪にもキスされてる…

キスが止むと、抱き締められた。


「…嫌なら、もっと暴れるなりなんなり、ちゃんと抵抗なさい。…勘違いするでしょう」

「…かん…ちがい?」 


強く抱き締められているせいで、兄さんの心臓の鼓動が聞こえる。
すごく、速い。


「男として、最低なことをしている自覚はございます。相手の同意も無しに、このようなことを。許されることではありません。
ですから…ナマエ。嫌なのであれば、しっかりと拒絶して下さいまし。わたくしの想いを断ち切って下さいまし」

「……」


先程とは一変、私を腕の中に閉じ込めて、苦しそうに言葉を吐き出す。
声は…悲痛なほどだ。


「分かっております。妹として家に迎え入れたのは他でもない、わたくしとクダリです。このようなこと、ナマエは困るだけでしょう。
貴女は兄として、わたくしを慕って下さっている。分かっている、分かっているのです。

…ですが…愛して、おります。
一人の女性として、貴女を。狂おしいほどに」


「…っ!」


……ず、ずるい。
…ずるいわ。そんな言い方。
さっきまで、あんな強引にキスしたりしてきたくせに。いきなり…いきなりこんな。
そんな風に言われたら。そんな苦しそうに、言われたら。

じわりと、視界がにじむ。
ねぇ兄さん。知ってる?女ってね、そういうの弱いのよ。てきめん、弱いの。


私が泣いていることに気付いたらしいノボリ兄さんは、抱き締めていた腕を解き、体を離した。


「…すみません。怖がらせて…しまいましたか」


遠慮がちに私の顔を覗き込み、優しい手つきで私の目尻を拭う。
あぁ、こういうところは、変わらずお兄ちゃんなんだな。この人は。

とにかく、泣いてる場合じゃない。今の気持ち、伝えないと。


「あ、のね…わたし、余裕のない人間でね。これまでの人生、自分のやりたいこと、やらなくてはと思うこと、そういうものを優先して時間を使ってきたの」

「…はい」

「本当に、こんな歳になって恥ずかしいんだけど…そのせいでね、今までにまともな恋愛ってしたことないの。恋人作ってデートしたりする時間は、他の沢山のやりたいことに充ててきたの」

「…そうなのですか。だからナマエはしっかりしていて、色々な事が出来るのですね」

「…かな。とにかくそんな人間だから、自分の好きだとか嫌いだとかいう気持ちって、よく…分からないの。友達のとかは何故か分かったりするんだけど、自分のって、分からなくて」

「はい」

「だから、だからね。ノボリ兄さんのことは好きだけど、そういう…恋愛感情で好きなのかは、分からない。兄さんとしては大好きよ」

「…知っております。…すみませんでした、ナマエ」

「あ、ち、違うのそうじゃないの!まだ途中!」


切なそうな顔で、謝罪の言葉なんて口にしないで。違うの。違うのよ。


「でもね、あの…い、嫌じゃ、なかったの」

「…何がですか?」

「………っき、キス…とか!恥ずかしかった!すっごく恥ずかしかったんだけど…その、兄さんに指摘されるまで、嫌とか、そういうのって考えなかった」

「……」

「き、聞いたことが、あって。好きかどうか分からない人がいるときは、その人とキスするところを想像してみるといいって。それで嫌じゃなければ、きっとその人のこと好きなんだって。聞いたことがあって…」

「……」

「っあ、あ、えっと…だから…えっと…」


…ああああああもう!やだもう恥ずかしい消えたい!!
分かってる。分かってる!分かっちゃった!
私は、私は、多分。


「ねぇノボリ…さん。キス、して?」


好き、なんだと思う。
だって、だって。…キス、したいもの。

もう一回だけ、キス。


「…っ!ナマエ…!!」


首の後ろを支えられ、噛み付くようにキスされた。
…もうちょっと勢いが強かったら歯が思いっきりぶつかって悲劇になってたんじゃないだろうか。


「…っん、」


強く押し付けた後、唇が触れ合うだけの軽いキスを、角度を変えながら数回。
…さっきもそうだったんだけど、嫌とか、不快とか、やっぱり全然思わないや。
触れ合ってる部分が、気持ち良いと、思う。

なんだか、幸せだなって、思う。


「…は、っふ!?」


ちょっと息苦しくなって、呼吸をしようと口を開いた途端、その隙間から兄さんが舌を割り込ませてきた。
…ちょ、ちょちょちょちょ待って、そこまでしてとは言ってない!
待って!待って!心の準備とか!そういうのが!
呼吸しようと思ったのに出来なくて酸素足りないし!


「ふ、ぁんっ…」


合間で鼻呼吸するんだって知識では分かってても、う、まくできない。苦しい。
し、しかもなんか兄さん耳の後ろとか首筋とか…!なんかそういういやらしいとこキスしながら撫でたり、くすぐってきたりして、もうちょっとめちゃめちゃ余裕無い。
れ、恋愛遍歴お粗末だから、な、慣れてない…のに。さっき言ったのに!ばか!!


「ん、む…っあ。っふ、ぅ」


もうなんか色々考えられなくなって、きた。酸素足りないし、頭、まっしろで…。
口から漏れるくちゅくちゅという水音に、耳と思考が犯される。


「は…あ、ぁ…」


すっごく、ゾクゾク、する。…気持ち、いい。

…もっと、触れたい。


行き場が無く彷徨わせていた腕を、ノボリ兄さんの首に回す。
うん、さっきより体勢が安定して、ら…


「…ふぇっ?」


…く?

べりっ。と、いきなり両肩を掴まれて体を離された。
…兄さんの顔が真っ赤だ。唇が、唾液で濡れてて、いつもより赤くて、つい目が行ってしまう。まぁ、そうだよね、ディープキスしたんだも…ん……

………


「っ〜〜!!!」


ボフッ!
そんな効果音が聞こえてくるくらいの勢いで私の顔に熱が点った。
いやさっきから赤かったとは思うけど、今、頬の温度が最高レベルに達した。

わ、わたしさっき、何考えてた!?何考えてた!!?あ、いややめて思い出したくない!
両手で口元を隠すように、顔を覆う。


「…ナマエ」

「……は、はぃ…」

「手綱の取り方が、下手です」

「はい…」

「いいですか、男は狼なのです」

「や、やめて…分かった…分かったから…」


い、言わないで…。恥ずかしすぎて死にそう。
ああドリュウズのあなをほるで掘った穴に入りたい。

ノボリ兄さんが、ひとつ大きな溜息を付き、壊れ物に触れるかのようにそっと私を抱き締めた。
ぽんぽん。背中を叩かれる。


「大事に、したいので…やめてください。そういうのは…」

「…はい、すいません」


ぜ、前途…多難…です。

それと…後から気付いたんだけど…ここ、リビングだったわけで。…正確には、リビングとつながってるキッチンだったわけで…
…時間も、いつもならクダリ兄さんを加えた3人で団欒しているはずの時間で。


…っぽ、ポケモン達に…ボール越しに、見られていた…らしくて…!!
翌朝、あの、みんなの態度が、いつもとなんか違って。シャンデラとかなんかめちゃめちゃテンション高くて…。
クダリ兄さんはそれを見て「ね、ぼく耳栓買っとくから。心配しないでね」とか…言うし…



…あああああああああああああああああああ!もうっ!やだっ!!

だから恋愛って苦手なのよ!!






−−−−−−−−−−

…こんな筈じゃありませんでした!!(言い訳)
ノボリ兄さんが悪い!性的だから悪い!!なんかとりあえず悪い!!

リクエストで「シスコンのヒロインとノボリで恋愛もの」でした…。り、りおさんこんなもので宜しかったでしょうか。
…書いてて結構楽しかったです(ボソッ) ご感想とかお待ちしています(ボソボソッ)


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