「サブウェイボス?」
「はい。親戚筋でもあるのですが、まぁ友人と言った方が差し支えない方々でございますね」
「…が、今日こちらにいらっしゃると。」
「そう!ナマエのごはん食べたいんだって!」
「その方々は英国人なのですが、非常に親日家でございまして。来日の際は料亭にご案内するのが常なのです。
ナマエの話を出しましたら、日本の家庭料理が食べたいと仰いまして…お願いできませんでしょうか」
「まぁ…わたしの作ったもので良いなら、良いけど。」
サブボス来日
なにやら今日の夕食は、外人のお客様がいらっしゃるらしい。
恒例となったギアステーションでのランチタイムを終えた私は、食材の買出しの為に行きつけのマーケットに来ていた。
大食漢の兄さん達に加えて、欧州の男性がさらに二名。結構な量を作らねばならない。
「肉じゃが、ねぎ入りの出汁巻き卵、焼き茄子にホウレン草の胡麻和え。…あさりの酒蒸し。あー豆腐ハンバーグもいけるかな。野菜がっつり混ぜ込んで、お醤油ベースのあんかけ…。」
ブツブツ言いながら食材を吟味する。
兄さんから伝え受けたお客様からの要望は、家庭料理のフルコース。家庭料理でフルコースって時点でよく分からないが、ともかく色んなものを沢山作って欲しいとのことらしい。
日本に来る度に料亭には行ってるらしいから、そういうところであまり出されなさそうなものを考える。シンプルよりちょっと大味めなものがいいな。
「シメは…お酒飲むだろうし、やっぱお茶漬けかな。あったかくなってきたし、冷茶漬けでもいいなぁ。鶏と柚子胡椒…」
私はお客さまの顔も知らないけれども、兄さん達の大事な友人だ。頭を捻って、最大限満足してもらえるよう考えを巡らせる。妹兼家政婦、兄さん達のためにも頑張りますよ〜
より日本を好きになって、帰ってもらおうではないですか!
いつもの倍重いエコバッグをよいしょと肩にかけ、帰路につく。何からどういう順番で作れば効率いいかなぁ。
…そんなことを考えながら歩いていたら、突如、目の前に大量の真っ赤な薔薇が現れた。
「…Oops」
「…っ!?…あ、すいません!大丈夫ですか?」
同時に肩に軽い衝撃。
一瞬何が起こったか分からなかったが、どうやら考え事をしていたせいで人にぶつかってしまったらしい。薔薇は、ぶつかった人が手にしている豪奢な花束だった。
慌てて薔薇の無事を目視で確認したが、どうやら触らずに済んだようで、潰れたりはしていなかった。ホッ。
ぶつかってしまった人はなんだか随分背の高い人で、上を見上げて謝ったものの、逆光のせいもあり顔は良く見えなかった。
…んですが、
「チッ」
その一瞬後に盛大に舌打ちして立ち去られたので見えなくて良かったです。
…何?今の?
確かに私は前方不注意でぶつかりましたけれども。
でもそこまで人通りが多くない平日の昼下がりなんて時間に私にぶつかった辺り、あなたもなんか考え事でもしてたんだろオイ。なのに謝らないどころか舌打ちするとか。これ人間としてどうなの?…私こういうの結構許せないのですが。
それでいてでっかい赤薔薇の花束なんか持っちゃってさ…これから女性の元にでも行くんだろうか。
「…振られちまえ」
お前みたいな人間にに花を贈られる人が可哀想だわ。
…ハッ、いけない。
これから兄さん達のご友人方をおもてなしする料理を作るっていうのに、人の不幸を願ってる場合じゃないぞ私。心が荒むだけだぞ私。
こんな気分じゃ美味しいごはんなんて作れようもない。
さっきの事は1、2のポカンで忘れよう。
そして思い出せ、家庭料理のフルコース!肉じゃがに出汁巻きにホウレン草の胡麻和え!焼き茄子酒蒸し冷茶漬け!
…いよっし指差し確認、準備オッケー!(覚えた) 早く帰って下ごしらえ!
お客さまってどんな人達なんだろーな〜。会うの楽しみだな〜♪
◆
「ナマエ、ご紹介しますね。この方々が英国支部のバトルサブウェイにてサブウェイボスを勤めていらっしゃる、インゴ様とエメット様です」
「Nice to meet you ナマエ!ボクはエメット!で、こっちノ、薔薇持ってる目ツキ悪い方がインゴダヨ!よろしくネ!」
「………初めまして!ナマエと言います、よろしくお願いしますねインゴさん、エメットさん」
ハーイ笑顔保つの優先するのでちょっとチョロネコ被りますね〜失礼しますよ〜。
なんでこの見覚えありすぎる赤薔薇の花束持った長身男がここにいるんですかね?訳分かりません。
顔見ずに済んだと思ったら数時間後に見てしまったよ。しかも彫りが深いイケメンだったからなんかすごく悔しい。
にしてもこの舌打ち野郎が兄さん達のご友人?まじで?この人たちも双子?
あ、なんかすごく見覚えのあるモミアゲが。金髪だけど。
「…ノボリ様」
「はい、なんでしょうかインゴ様」
「ヤマトナデシコはどちらでしょうカ?」
「…大和撫子…でございますか?」
「家庭的デ、心優シイ淑女がいらっしゃるト、ノボリ様は仰ったと記憶しておりマス。」
「ああ確かに。それでしたらナマエのことでございます。彼女は非常に家庭的でございまして、現在、この家の家事は全て彼女に任せております。また礼儀もわきまえており人当たりが良く、どのようなポケモンともすぐ打ち解けるだけの優しさを持った女性でございます」
「…兄さん、買いかぶりすぎ。恥ずかしいわ」
「見事な兄バカだねノボリ」
「自分を棚に上げて言いますねクダリ」
「…Silver blonde…」
…不躾に人の顔見ながら、残念そうな顔…ともすると不快そうにも見える顔するのやめろ。あ、溜息つきやがった。
失礼な上に人相悪っるいなーこの人…ノボリ兄さんも仏頂面だけどそれとはレベルが違うわ。これ。
「どうかなさいましたか?インゴさん」
ニコ。
しかし忘れてはならない猫かぶり。不躾な目線は笑顔でガード。
荒波は立てない立てない。淑女の嗜み。
正直すごく不快だけど…兄さん達の友人さんであるのなら、そんな悪い人じゃ…ないはず。多分。昼間のあの態度は、何か理由があったのかもしれないし。
よく知りもしない人に対して偏見持つのは良くない。うん。耐えろ私。
「…イエ。…Nice to meet you, Ms.ナマエ。インゴ、と申しマス。以後お見知りおきヲ。こちらは挨拶の品でございマス。どうぞお受け取り下さイ」
「…ありがとうございます。」
…この花束ってやっぱり私宛なのか。私数時間前にお前なんかに花束貰う人が可哀想だって呪詛吐いたけど…まさかこんな形で呪詛返しされるとは。あ、でもすごく良い香り…流石生花…。
にしても改めて見ると本当に大きいし、重い。本数でいうと50本くらいあるんじゃないだろうか。真紅の薔薇のみでこのボリュームはおそらく数万円するぞこれ…。花は好きだから嬉しくないわけじゃないけど、大半の人はこの量が入る花瓶なんて持ってないんじゃないだろうか。勿論わたしも持っていない。
小分けにするか…それともこのまま風通しの良い日陰に吊るしてドライフラワーにでもすべきかなぁ。
「お気に召されましたカ?」
「あ、はい。こんなに素敵な(※ド派手な)花束を頂くのは初めてで、少々気後れしてしまいました。とても嬉しいです。ありがとうございます。」
本音を日本人らしくオブラートで包み、笑顔を返す。…あぁなんか接客のバイトしてた時のこと思い出すなぁコレ。
「ねーこんなとこで立ってないでさー、はやくごはんたべーよーよ。ぼくお腹すいた!」
「あ、ごめんなさい!夕食はソファの方に用意したわ。お酒は皆さんで買ってきたのよね?お花を置いたらグラスを用意するから、座ってて貰えるかしら」
「はーい!インゴ、エメット、こっちだよ〜」
「…ネェネェ、ナマエちゃんは一緒に食べないノ?」
「え?えぇ…私は準備だけしたら下がらせて頂きます。お酒はあまり嗜みませんし」
「エーツマンナイ…ね、おシャクしてヨ。おシャク!お願イ!」
…外人さんってそういうの好きだなぁ本当…。
まぁ仕方ないか…。私は家政婦。お仕事お仕事。サービス精神。
「分かりました。後で注がせていただきますね」
「アリガト♪ じゃあ後でネ〜」
チュッ、と投げキッスを飛ばしてエメットさんがソファーの方へと消えていった。
…この花束といい、あの人達絶対ラテンの血入ってるだろ。
「…ナマエ、サブウェイボスのお二方とは打ち解けらそうですか?」
「…兄さん達のご友人だもの。悪い人じゃないんでしょう?お花なんかも貰ってしまったし」
「ええ。ですが良くも悪くも個性が強い方々ですので。あまり気を回しすぎなくとも宜しいのですよ」
「肝に銘じておきます」
ノボリ兄さんの言葉に苦笑する。心配しぃだなぁこのお兄様は。
「…と、そうです。ナマエ、冷酒用のグラスなのですが、小ぶりのものをお出し頂けますか?」
「え?タンブラータイプじゃ駄目なの?」
「駄目ではないのですが…先程酒屋にて、この様なものを頂きまして」
兄さんが酒瓶(なんだかものすごく大量。これ全部飲むの?)の袋から出したのは、塗りの枡(ます)。
「ああ成程…喜ばれるわね、こういうの。」
「はい。合いそうなグラスはありませんか?」
「うーん……あ。確かあったわ。貰い物っぽい、桐の箱に入った見るからにお高そうなやつ」
「すぐに出せますか?」
「パッとは出せないけれど、日本酒は冷やすのに時間が必要でしょう?その間に用意するわよ」
「…はい、お願いいたします。この家のことはもうわたくしなどよりナマエの方が詳しくなってしまいましたね」
ノボリ兄さんが苦笑する。
「そうかもしれないわねぇ…最近、自分は妹や家政婦というより、主婦っぽいなと思うもの」
なんかこう、時間を持て余す有閑マダム的な?
「おや。ではわたくしとクダリのどちらかが旦那様でしょうか」
「そうねぇ。旦那様はノボリ兄さんじゃないかしら?クダリ兄さんは旦那様というより大きな息子みたい」
「なにそれ!みとめない!」
「わっ!ちょっとクダリ兄さん!火を使ってるんだから抱きつくのはやめてよ!危ないわ!」
煮物を温めながら、焼酎用のグラスを用意するノボリ兄さんと隣合って話していたら、クダリ兄さんに背後から飛び掛られた。
顎で頭のてっぺんをぐりぐりされる。痛い痛い。
「だ〜め〜!ノボリが旦那さんなのにぼくが子供とか不平等!そういうの良くないとおもう!ぼくも旦那さん!」
「あーはいはい。分かりました。で、その旦那さんは何をしにキッチンにいらっしゃったの?」
「あ、そうそう。ナマエ、インゴたちのも食器、お箸で用意したでしょ。だからフォークとか取りに来たの。」
「……あ。…うっかりしてたわ。ごめんなさい兄さん」
「ん!だいじょぶ!ノボリ、グラスと氷の用意できた?」
「ええ。」
「ナマエまだ手が空かない?先にカンパイしちゃっていい?」
「勿論。私を待ってたらお料理が冷めちゃうわ。始めていて?エメットさんには後でお酌しますって伝えてちょうだいな。」
「ぼくにもしてね?」
「仰せのままに、旦那様」
「あ、なんかここだけ会話切り取るとちょっとエロいね」
「ハイハイ、切り取らないの」
◆
「…オイシイ!!!もーやっぱ日本ってオイシイ!料理もお酒もメチャメチャオイシイ!!住みたイ!!!」
「ふふ、ありがとうございます。エメットさんは本当に日本がお好きなんですね。日本語もお上手ですし」
「ウン!日本大好き!サムライ!ニンジャ!」
兄さん達の夕食…というか宴会の場に混ぜてもらい、ごく薄い焼酎のお茶割りを飲みながら、皆さんにお酌やら取り分けやらをする。
全く飲まないのはちょっと癪だったので結局手を出してしまった。お酒はそこそこ好きなのです。
まぁ食器やグラスを触るので、酔う程は飲まないけど。
「この和食、全部ナマエちゃんが作ったんデショ?」
「はい。僭越ながら」
「デ、今はここにノボリとクダリと一緒に住んでテ、二人にゴハン作ってあげてるんデショ?」
「はい」
「ズルーイ!!ノボリもクダリもズルイ!前会った時はボクたちと一緒で、外食ばっかのサモシイ生活だったのニ!」
キーッ!っとエメットさんが焼酎のロックを片手にフォークを握り締めて喚いている。
私は行った事ないけれど、旅行でイギリスに行った友達の話を聞く限り、噂に違わないメシマズ国らしいからな…一人暮らし、二人暮らしならば余計に、食生活の面は酷そうだ。
「ふはは〜うらやましかろー。ナマエはあげないよ!」
「エ〜?攫っちゃダメ?ね、ナマエちゃん、英国で和食作ってヨ」
「だーめ!」
「あはは。イギリスでは食材の確保が大変そうですねぇ」
「…国際輸入をすれば宜しいでショウ。」
言葉少なに黙々と食べて飲んでいたインゴさんが口を挟んだ。手には冷酒。
エメットさんは焼酎派、インゴさんは日本酒派みたい。
「国際輸入ですか?それはまたお金がかかってしまいますね」
「No problem.ワタクシたち、収入に関しては問題はございまセン」
「そちらでもバトルサブウェイは人気があるのですね。兄達もいつも忙しくしていて、見てる側としてはいつ体を壊さないかと心配になります」
「体調管理には気を配っておりますよ。今は栄養バランスも保てておりますし、以前より体は軽いのです」
「本当?でも明らかにオーバーワークよ。兄さん達が居なければトレイン運行が滞ってしまうから、仕方ないのだけれど…本当に気をつけてね?」
「ええ、ありがとうございます」
「ちょっと…もう!ノボリ兄さんったら、最近私の頭撫でるの癖になってきてない?」
本当に心配しているのに、ノボリ兄さんは子供扱いするかのようにわしゃわしゃと私の頭を撫でる。
なにやら、昔はクダリ兄さんにも良くやってたらしい。お兄ちゃん精神…。
「…ナマエ様は、お優しいのデスね」
「うん!ナマエすっごく優しいよ!ぼくらの自慢の妹!大好き!ぎゅ〜!」
「ああクダリ兄さん!そういうことするならグラスを置いてちょうだい、零れちゃうわ」
ノボリ兄さんに頭を撫でられクダリ兄さんに抱き締められ。ああもう、お酒が入っているせいかいつも以上にスキンシップ多過だ。
インゴさんとエメットさんというお客さまがいるのに、この兄達は。全く。
「Oh! Sister inferiority complex!? 何ナニ?いつからそんなアブノーマルな路線になったノ?詳しく聞かせてヨ!」
「!! 違うもん!ぼく妹属性とかじゃないもん!!」
「ああ兄さんったら自分で自分の傷を抉って…」
「ノボリとクダリは双子だケド、ナマエちゃんとは血の繋がりは無いんデショ?でも一緒に住んでるんデショ??それで何にも無いなんてコトは無いよネェ〜。
で、どうなの?三角関係トカ?」
……は?
「…いえ、エメットさん。そういうものでは有りませんので。私はあくまで家族の一員として、妹としてお二人に迎え入れていただいているのです」
「エ、ソウナノ?」
「はい」
「何も無いノ?」
「はい」
「…エメット、ちょっと今のはぼく引いた。相変わらず年中脳内桃色なんだねキミ」
「…エメット様、些か、場にそぐわない話題ではなかったかと」
兄さん達が冷めた目でエメットさんを見る。そうだ兄さん達もっと言ってやれ。
一体全体なんつーことを言い出すんだこの人は。
何ていうか、仮にここにいるのが兄さん達だけだったら、まぁまだ男同士の下世話な話題としてアリかもしれないけれど、私がいるのにそういうこと口に出すか?普通。
「ゴメンゴメン〜、そんな怒らないでヨ。も〜相変わらず日本はお堅いネ!ボクそこだけは合わないナァ」
「Shut up,Emmet. 耳障りでございマス。口を閉じなさイ。」
「ハァ〜イ」
「…皆様、この愚弟が申し訳ございまセン。」
「…いえ。お気になさらないで下さい。」
まぁお国柄…なんだろうしな。そーゆーの、オープンだからなぁ欧州は。
「もーホントだよ!エメット、いい加減にしてよね!」
「だからゴメンってバ〜。ナマエちゃんはノボリとクダリの妹で、それ以上でも以下でもないんだネ?Okey,Okey。
…あ、じゃあナマエちゃんボクと付き合わなイ?東洋人って肌キレイだよネ〜」
「…エ〜メ〜ット〜?」
「…どうやらこれっぽっちも懲りて無い様でございますね?」
「Wow!二人とも顔コワイヨ〜?肉体関係は無いんデショ?なら良いじゃなイ」
「…良いわけないでしょ馬鹿じゃないの!?
おいでデンチュラ!あの馬鹿に向かって最大出力でむしのさざめき!!」
「シャンデラ!オーバーヒートです!!」
「Oh!Come on, Eelektross! Protect!」
「ちょっと!室内でのポケモンバトル禁止!職場でやってよ!」
そんな大技繰り出して、マンション潰す気か!
グラス片手にモンスターボール持たないでよね3人とも…はぁ頭痛い。
エメットさんの言葉もどう考えても本気じゃないのに、兄さん達ったらもう。
おーおーポケモン交えて睨み合ってる睨み合ってる。エメットさんもクダリ兄さんと同じ様にシビルドン持ってるんだなー。
デンチュラパパもシャンデラも殺気立っちゃってまぁ。
でも、バトルなんかしたらごはん抜きだからね?
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