「さ、変態双子は仕事に戻ったことだし、行きましょうかナマエちゃん」
「は、はい!」
「フフッ、デート楽しみましょうね」
12. ガールズデート
妹属性疑惑をかけられたノボリさんとクダリさん…あ、違った。ノボリ兄さんとクダリ兄さんは、それから間もなくして休憩時間が終わりを告げ、ギアステーションへと帰っていった。
最後まで「違う(います)から!違う(います)からねナマエ!?」と必死に弁解していたけれど…なんか必死すぎて余計怪しかったというか。
でもまぁその必死さに免じて忘れる努力はしてあげよう。うん。
というか私が忘れたい。そんな変態プレイまがいのことに巻き込まれたという事実を。性癖はある程度までは自由だと思うけど、そっちの方向にノンケの人間を巻き込むなっつーの。
そんな奉仕精神はございやせん。
お昼を食べたカフェを出て、カミツレさんとライモンの街を歩く。
「じゃあそうね…なにから行きましょうか?確認なんだけれど、本当に全部なのよね?」
「あ、はい…なんというか、身一つです。今身に付けている物以外、何も無くって…」
「まぁ…。」
口に手を当ててカミツレさんが驚く。
うんまぁ、そうですよね…何があったんだって感じだよね。
何か聞かれるかなと思ったが、カミツレさんは特に言及したりはしてこなかった。
ありがたい。
「うーんじゃあ、まずは基礎化粧品とシャンプー類あたりかしら?流石に生理用品は一人で見に行きたいわよね」
「あー…はい。そうですね」
「ならその後ヘアメイクで、最後に服と雑貨。…あぁそうだ、ちょっと電話をしてもいいかしら」
「あ、はい。どうぞ」
「ごめんなさいね」
カミツレさんは私に断りを入れると、2,3件電話を入れた。
途切れ途切れに聞こえる会話は、何を話しているかまでは聞こえなかったが、どうやら何か予定を調整しているらしかった。「今度埋め合わせるから」とか聞こえる。
そう、だよなぁ…ジムリーダーでモデルでしょ?カミツレさん。
もしかしなくても、ものすごく多忙だろう。この方。
いくら友人であるお二人の頼みとはいえ、本来はこんなことしている時間なんてないのではないだろうか。かなり無理されているんじゃ…
あああ申し訳ない。せめて早く済ませよう。
「よしアポ取れた!お待たせ」
「いえ!でもお忙しいのに本当にすいません。今日もこの後ご予定が入ってたんじゃありませんか?」
「…いいえ?今日の仕事は午前だけ…まあ本当はもうちょっとかかる予定だったのだけれど、ノボリとクダリに呼び出されたから、頑張って巻いたわ。だから今日はもうオフなの。ジムも今日は前もって休みの予定にしてあるし」
「え、あれ。そうなんですか?」
「ええ。どうかした?」
「あ、いえ…先程の電話、なにか予定の調整をしているように聞こえたので」
「ああ!うふふ、今の電話はね。あなたの予定を入れていたのよ」
「へ?わ、わたしの…?」
「そう!ナマエちゃんの。わたし専属のメイクアップアーティストとスタイリストに」
…はい?
「ふっふっふ、覚悟してね?わたし一切妥協はしないから!」
「っえ、ええええ!?め、メイクアップアーティストにスタイリスト!?ほ、本気ですか!?」
「ええあと貴女に良さそうなブランドのプレスも数人」
「な…なぜそこまで…」
「何故?何故ってそれはもちろん…
ナマエちゃんがこーーーーんなにカワイイからに決まっているじゃない!ねぇ今ってすっぴん?すっぴんよね?ああすっぴんなのにエステ後みたいな肌ツヤしてるし、頬のリフトアップもばっちりだし、目力もあるし!細いけどけっこう胸あるし!もうわたしクラクラしちゃう!」
「か、カミツレさん!?いきなりどうしたんですかカミツレさん!?」
カミツレさんが往来の真ん中でいきなりご乱心なされたぞ!?
やさしく両手で私の頬を包んで立ち止まらないで下さいカミツレさん!み、見られてます見られてます!
こ、この方も結構自由人だな…!?注目されることなんて慣れてるからいいんだろうか…
しばらくうっとりと私の顔を見つめたカミツレさんだったが、わたしの頬から手を放すと、また何事も無かったかのように歩き出した。
しかし声は未だテンション高めに続ける。
「はあ、ノボリとクダリも分かってるわね〜あんな禄でもない廃人だけれど、今回ばかりは感謝だわ!
あのね。わたし、女の子を着飾るのが大好きなの。普段化粧っ気無い子にお化粧をするのも。それでその人がより輝くのが好きなの。
ナマエちゃんを着せ替え人形にしてくれなんて言われたときにはもう…最高にクラクラしたわ!」
「は、はぁ…」
「だからね?ナマエちゃんは迷惑とかそういうことで気に病むことはなにもないのよ。わたしが好きでやってるんだから。
あ、そうだわ!基礎化粧品はビューティアドバイザーでいい人知っているの!ショップもここからそんなに遠くないし、そこにしましょうか」
「どう?」と、カミツレさんが私に微笑みかけてくれる。
…や、優しいなぁ。この方も。
女の子を着飾ることが好きというのは本当なんだろうけど、なんというか、それでもさ。
わたしがぐじぐじ気に病んでるのを汲み取って、こうして口に出してくれて。
すごく、嬉しい。
でもカミツレさんが楽しんでくれているのは、本当に気が楽だ。良かった。
あ、やっとなんか、今日を楽しもうって気持ちになれてきたかも。
そうだよね。私もこんな滅多に無い機会、楽しまなきゃ損だよね。
本業の方にメイクやコーディネートしてもらうなんて気後れするけど、女としてはちょっとした憧れだし!
…うん!
「…よろしくおねがいします。カミツレさん」
「ええ任せて。…ふふ、やっと笑ったわね」
「え、そ、そんなに無愛想な顔しちゃってましたか?」
「そこまでじゃないけどね。でも、『自分は身一つだ』って言った辺りから表情が固かったかな…。
……ね、ナマエちゃん。わたしで良かったら、話、聞くからね?」
びくっ、と肩が跳ねた。
驚いてカミツレさんを見上げると、カミツレさんはどことなく切なそうな顔でわたしを見つめていた。
…え?
「…カミツレさん?い、いきなりどうしたんですか?」
「見当違いのことを言っていたらごめんなさいね。わたしもなんか…なんとなく、なんだけれど…ナマエちゃん、会った時からずっと、どこか悲しそうに…見えるのよ。
ノボリとクダリが馬鹿なことやっている時とかは楽しそうなんだけれど、でも、またすぐ思い出したように悲しげな空気を纏ってしまうの。」
「…悲しそう?」
「そう。それでね、さっき『自分は身一つで』って言ったとき、それが特に強まったの。だから、『ああ、そんな身一つで他人に縋らなくちゃいけないような、すごく大変なことがあったから、だから悲しいんだな…』って、納得したんだけど、でもすぐに疑問に思ったの」
「えーっと、本当に上手くは言えないんだけど…」と前置きし、カミツレさんが続ける。
「大変なことはあったけど、ノボリとクダリと出会って、住み込みで働くことになったんでしょう?二人はナマエちゃんをとても気に入って、衣食住をも与えたのよね。
それほどに自分を受け入れてくれる人に出会え、生活の心配も無くなったのにも関わらず、あなたはまだ悲しそう。
それは何でだろうって、疑問に思った。」
カミツレさんはゆっくり、ゆっくりと話す。歩みも緩やかだ。
「ずごく大変なことがあったのだから、その悲しみをまだ乗り越えられないんだろうとも思った。けれど、なんか…なんか違うのよね。なにかが、ひっかかるの。
…ここからは完全に憶測なんだけれど、わたしは、ナマエちゃんはあの二人に話せない何かを抱えていて、それで苦しいんじゃないかなって…思ったの」
カミツレさんが立ち止まり、わたしの方を向く。
そしてわたしの両手を取ると、軽く握った。
カミツレさんのちょっとひやりとした手が心地いい。
「ごめんね、本当ただのおせっかい。
でも人の気持ちを読み取るのは、ちょっと自信があるの。
あなたとわたしは会ったばかりだけれど、わたし、ナマエちゃんのこと結構好きなのよ。
ナマエちゃんが本当にいい子なのは、ノボリを見ても、クダリを見ても、その肩に乗ってるバチュルを見ても分かるわ。昨日会ったばかりとは思えない程、みんなあなたが好きなんだもの。」
肩を見ると、バチュルと目が合った。
「ばちゅ」と一鳴き。
「だからね、わたしはそんなナマエちゃんが悲しんでいるのは嫌なの。それで、できることはしてあげたいの。ナマエちゃんが好きだから。
あなたはどうにも人に寄り掛かることが苦手で、一人で強がってしまうようだから、余計に。
放っておけない。危なっかしくて。」
「カミ…ツレさん」
「他に話せそうな人がいるなら、それでいいの。でも、もしいなかったら、わたしを頼って。ね?」
ちょっと…これは、反則だろう。
ここで、わたしと同じ境遇になった人で泣かない人がいたら教えてほしい。
「…っ!っふ…」
ぼろぼろきましたよ。ええ。昨日クダリさんが下さったハンカチ大活躍です。
あ、違う。クダリ兄さん。また間違えちゃった。
ああ…バチュルがびっくりしてばちゅばちゅ鳴いてる。肩から首元に来てて、くすぐったい。
「ちょっと、入りましょうか」
泣くわたしを、カミツレさんが近くにあった適当なファミレスへ促してくれた。
そして店員さんに出来るだけ人目に付かない席を指定し、ボックス席のソファの奥に座らせ、ご自身も向かいではなくわたしの隣に座った。
そして、わたしがひとしきり落ち着くまで、寄り添って頭を撫でてくれた。
…話して…みようか。本当のことを。
ここで話せなければ、わたしはずっと誰にも話すことはできない。そんな気がする。
「…カミツレさん」
「なぁに?」
「すごい…話なのですけど、聞いて下さいますか」
「ええ。喜んで」
「誓って、嘘ではないんです」
「分かったわ」
…ああ緊張する。心臓がうるさい。
「わ、たし……この世界の人間じゃ…ない、ん、です。
わたしが生まれ育った世界には、ポケモンは、いませんでした。
昨日、気付いたら電車に乗っていて、終点のギアステーションにいたんです。身、一つで。バッグもスマホも財布も、何も無くて。電車に乗ってきたのに、切符も持っていなくて。
あと、姿も変わってました。わたし本当はこんな外見じゃないんです。顔も違うし髪も目も黒いはずなんです。」
ああ、喋りだしたら止まらない。早口になってきた。
「ギアステーションではこんなこと言えなくてその場を乗り切りたくて嘘をつきました。そうしたらその嘘の作り話を哀れに思って下さったノボリさんやクダリさんやクラウドさんが優しくしてくださったんです。クラウドさんは乗車賃を肩代わりして下さりノボリさんとクダリさんに至っては食事を奢って下さった上に泊まるアテがないならと家にも招いてくださいました。せめてものお礼ができればと多少家事をさせていただいたところ家政婦として住み込まないかとまで言ってくださってもう本当に本当に感謝しているんです。行き場の無いこの世界に居場所をつくっていただけたんです。でも臆病な私は拒絶される恐ろしさで嘘をついたことが言い出せないのです自分の身のかわいさで」
息が上がってる。酸素が足りない。ああ、でももう一言だけ。
「…二人に拒絶されるのが、こわい。」
自然と、言葉が口から流れ出た。
ああそうか、わたし怖かったのか。
妙に納得してしまう。自分でも気付いていなかった。
「わたしを、暖かく迎え入れて下さったお二人に、また突き放されるかと思うと、怖かったんです」
無理矢理だ、って思った。泊まりの件も、住み込みの件も、
でも強がりのわたしには、その強引な優しさがとっても嬉しかった。
嬉しかったんだ。
「…そう。そんな言いづらいことを、よくわたしに言ってくれたわね。ありがとう、ナマエちゃん。
でも、流石に驚いたわ。ナマエちゃんの育ったところにはポケモンがいないの?」
「…し、信じて、くれるんですか…?」
「だってあなたが嘘じゃないって言ったもの」
カミツレさんはいつの間にかサングラスを外していて、優しく笑った。
「そうね、その世界のナマエちゃんにも会ってみたいわ。きっと可愛い」
「えっ…そんなことないです。い、今のこの姿の方が、よほど」
「あら、可愛さっていうのは必ずしも造詣だけじゃないでしょう?心が綺麗な人は、可愛いのよ。だからわたしはあなたが好き。可愛いから」
「ばちゅ!」
「あ、ほら。バチュルも言ってるわ」
「…バチュル…」
バチュルは肩から降り、わたしの手のひらに自分から乗ってきた。
それを同じ目線になるまで持ち上げる。
「バ、バチュルも…聞いてたよね。…信じて、くれる?」
「ばちゅ!」
「わたしのこと、嫌いになってない?」
「ばちゅ!」
「まだ…わたしのこと好き?わたしの頭乗ってくれる?」
「ばーっちゅ!」
「……ありがとう…っ!」
「ば、ばちゅ!?ばちゅー!」
「あぁほらほら、バチュルがもう泣かないでって。ナマエちゃん」
「…だ、だって……」
「もしあいつらがこのことでナマエちゃんを嫌いになったりしたら、わたしとバチュルでビリビリに痺れさせて消し炭にしてやるわ。ねぇバチュル」
「ばちゅばちゅー!」
「…あ、あはは。け、消し炭はちょっと…バチュル、あなたのマスターはクダリさんじゃない。そんなことしちゃだめよ」
「ばちゅ?…ばーっちゅ!」
「バチュルも立派な男の子だもの。不甲斐ない男なんかより可愛いレディの味方よね?」
「ばちゅー!」
「ふふ。愛されてるわねぇナマエちゃん」
「ば、バチュル〜!好きー!!」
「ばちゅ〜!」
「あらあら相思相愛。お熱いわね」
「…カミツレさん。本当に、本当にありがとうございます」
「あら。わたしは何もしていないわ」
「やだカミツレさんかっこよすぎ」
「クラクラしちゃう?」
「はい、クラクラです」
「ばちゅ〜」
ずっと胸につっかえていたものを吐き出して、とても楽になった。
カミツレさんには本当に感謝してもしきれない。バチュルにも。
「もう、他に話すことは無い?なにか不安に思っていることとかあったら、この場で吐いちゃいなさいな。なんでもいいから」
「ばちゅ!」
「えっ、他にですか?えっと……そうですね。いつ元の世界に戻れる…いや、戻ってしまうのかなって、思います」
「こちらに来たのは、突然だったのよね?」
「はい。昨日は朝からの記憶が無いんです。」
「…じゃあ分からないわね」
「…今日のお買い物も、それが気になって。もしかしたらすぐ戻るかもしれないから、あまりお金を使っていただくのは…忍びないなと思うんです。
ノボリさんとクダリさんのところで住み込みで雇って頂いたこと自体も、私がすぐいなくなって、お二人を裏切るかもしれないのが…怖いですね」
「…本当に律儀なのね。あなたは。帰りたいとかよりもそっちなの?」
「恩人なので。帰りたいとも思いますが、ちゃんと奉公もしたいです」
「仁義に溢れてるのね。…ねぇナマエちゃん。確かにあなたは明日元の世界に帰ってしまうかもしれない。でも、もしかしたら今日天変地異が起こってどちらの世界も滅びてしまうかもしれないわ」
「えっ?え、えっと…」
「いつ何が起こるかわからないわ、ってこと。そんないつ来るかもわからないことに怯えて小さくなっていたら、人生つまらないわよ。
昨日、稀な体験をしてしまったあなただけれど、また同じことがすぐ起こるとは限らない。起こらないかもしれない。…なら、この世界での生活を楽しめばいいんじゃないかしら?」
「…そう、でしょうか」
「わたしは、そう思うわ。考えても仕方のないこと、答えの出ないことは、考えないことも大事よ。」
「考え、ない…。…確かに、そのほうが活動的になれますよね」
いつくるかわからないその時を考えていたら、どんどん行動が制限されていく。
すぐ戻るかもしれないからこれはやめよう、あれはやめよう。
そんなことをしていたら、何も出来ない。
「でしょう?だから、考えない」
「…はい」
「ある程度長い目を持っていなければ、何も出来ないわ」
「はい」
「と、いうわけだから、服は沢山買いましょうね?ナマエちゃん」
「………ぷっ、ふ、ふふふ…!は、はい…。
なんですか、カミツレさんこれって誘導尋問だったんですか?」
「あら。そんなことないわよ?」
「本当ですか?」
「ふふ、勿論。さて時間が迫っているわ。基礎化粧品は後回しにして、先にヘアメイクに行きましょうか。」
「あ、はい。って、あ!わたし目大丈夫ですか?結構泣いちゃったし…腫れてませんか?」
「あぁそうね。…んー大丈夫、ちょっと赤くなってるだけだわ。あまり擦らなかったし。
この程度なら冷やせばいいでしょう。タクシー呼ぶから、それまでの時間で冷やしましょうか」
「分かりました」
「さぁ、覚悟してねナマエちゃん。着せ替え人形よ?」
「あは。楽しみです。可愛くしてくださいね」
「勿論よ。あなたを最高にクラクラさせてあげるわ。」
さぁ、着せ替え人形です。
どうなるんだろ。楽しみです。
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カミツレさんー!俺だー!結婚してくれー!!!
カミツレさんの公式の人格が素敵すぎてしぬ。