…眠れません!

いや正確には少し寝たのです。でも目が覚めました。まだ外は真っ暗のようです。
残念ながら、カーテンはそそりたつ山々の向こうにあり辿りつけないので、真実は定かではありませんが。









08. 夜更かし









「…駄目だ。」


やっぱり眠れない。
起きてからそれなりの時間、二度寝を試みてみたものの、一向に眠気は訪れてはくれなかった。
まぁこんな状況だし、体が緊張してしまっているのは当たり前か。夕方に医務室でも寝ちゃったしな。
ちょっと眠れただけでもよしとするか。

…今何時なのかな。
夜明けまであとどのくらいあるんだろう。
きょろきょろと辺りを見回してみたものの、この部屋に時計は無いようだった。

…お二人を起こしませんように。
極力足音を立てないように注意し客間を出て、リビングまでの廊下を歩く。足元が暗くて見えないから何か踏んでしまいそうでとても怖い。

…なんとか無事にリビングまで到達。
えっと時計時計…


「えっ…まだ1時間くらいしか経ってないの…?」


時計を見ると、まだまだ夜明けまでは時間があった。
眠りはずいぶんと浅かったようだ。

…しかし、困った。
私は眠れない時はとことん眠れないタチなのだ。ベッドで横になり目を閉じていても、眠りに落ちることが出来ない。
…夜明けまで暇すぎる。


「んんん〜どうしようかなぁ…」


何か暇つぶしにすることないかなぁ…


「…デラッシャ?」

「っ…!!?」


っび…!!

っくりした!!!

一人きりの真っ暗なリビングで思案に暮れていると、不意に背後から声?がかかった。
っあーよく叫ばなかった私…

後ろを振り返ってみると、自身の炎で暗闇をぼわっと照らし出したシャンデラがふわふわと浮いていた。
あ、こう見るとゴーストタイプっぽい…。ちょっと怖い。

でも何故私の背後にいきなりシャンデラが?リビングに入ってきた時は、誰もいなかったはず。
…小声でならお話しても大丈夫かな。


「こんばんはシャンデラ。さっきおやすみって言ったのにまた会っちゃったわね…どうしてリビングにいるの?」

「シャン?デラッシャーン」

「え?…あ。」


私の問いを受けてシャンデラがふよふよと向かったところには、複数のモンスターボールが置かれていた。
どうやら、ノボリさんとクダリさんのポケモン達はリビングがベッドだったらしい。
シャンデラは私の気配を察知してボールから出てきたようだった。


「ご、ごめんなさい。起こしてしまった?」

「デララ〜ァ」


私が謝るとシャンデラは人間が首を横に振るのを真似する様に、ふるふると体を左右に軽く回転させた。
…違うよって言ってくれてる?


「…違うの?」

「シャン」

「そう?…なら良かった。私は眠ろうとしたんだけど眠れなくて。何かすることはないかなって思ってたとこなの」

「デラ…」

「…ねぇシャンデラ。私がやってもご迷惑じゃないお仕事とか、なんかないかな?」


この暇に、なんかできないかなぁ。


「デラ?」

「私、ノボリさんとクダリさんのお二人に今日とてもお世話になったの。だからそのお礼をしたいのだけど、お金は無いから…せめてなにかできないかなって。」

「デラッシャァ……。…! シャン!デラッシャン!」


ちょっと考え込んだ様子のシャンデラだったが、またふよふよと移動して、洗濯物の山を「これこれ!」と手の部分で指した。


「あ、洗濯物?それって私が畳んでもいいかな?」

「シャン!」


…いいらしい。
確かに洗濯物を畳むくらいなら、かすかに差し込む月明かりと街灯の光でもなんとかできそうだ。
音も立てないし、これだけの量があれば結構な暇つぶしになるだろう。
いいアイデアかもしれない。

…よし! 畳もう!


「どうもありがとうシャンデラ!とっても助かったわ!」

「デラシャーァ♪」


お礼を言うとシャンデラは嬉しそうに特別大きく揺れた。
んもー可愛い。いいなぁポケモン。


「じゃあ畳ませてもらうね」


では、感謝の気持ちを込めてこの山を片付けるとしますか。
と、山の前に腰を降ろすと、途端辺りがぽわっと明るくなった。


「え?」


何?

洗濯物から顔をあげてみると、そこにはシャンデラの炎が先程より少し大きくして、私の手元を照らしてくれていた。
おお火力調整は自由自在なのね。
…ってそうじゃなくて。


「シャンデラ…大丈夫よ?ちょっと暗いけど服を畳むくらいなら出来るし…貴女ももう眠いでしょう?」


それなりに時間がかかると思うし、シャンデラにそこまでやらせてしまうのは忍びない。


「……」

「シャ、シャンデラ?」

「……」


も、黙止…?

…もうっ!この子は!!(感涙)
主人がお人よしならそのポケモンもお人よしかっ!
チクショーどこまでかわいいんだよもー!優しい子!
負けたっ!


「…あ、ありがとうシャンデラ…! じゃあ、お願いしていい?」

「シャン!」

「でも眠くなったら寝てね?」


と、言った具合で、私はシャンデラと共にリビングで洗濯物畳に乗じたのである。
ここからの夜は長かった。



−−−−−−−−−−



「ううーん…やっぱりこれはアイロンかけたいなぁ…」


畳む手を止め、シャツを目の前に広げる。
取り敢えず畳めそうなものは一通り畳み終わったのだが、どうにも皺が気になる。
ここに何日間転がっていたんだろう。
でもアイロンがある場所なんて分からないしなあ…


…つんつん。


「ん?」


シャンデラ?


「なあに?あ、寝る?」

「デララ。」


ふるふる。
あ、違うのか。じゃあ何?


「デラッシャ!」


不意に、シャンデラがリビングの入り口あたりにふよよ〜と移動した。
扉の前で停止してこっちを見ている。
…もしかして。


「…アイロンの場所知ってるの?」

「シャン!」


なんと!!


「…何でも知ってるのね。すごいわシャンデラ」

「シャーン♪」


本当にすごい。まさかシャンデラが知っているとは思いもしなかった。ポケモンって本当に家族なんだなぁ…

シャンデラに先導してもらい、慎重に廊下を歩く。
でもシャンデラが適度に照らしてくれているお陰で、さっきより大分歩きやすかった。
途中には未だネクタイが落ちていたのでついでに拾う。コレにも蒸気当てとこう。

シャンデラに案内されて着いたのは脱衣場だった。
なるほど、洗濯機の近くにあるのか。


「えーっと…ここの戸棚?あ、違う?下?ここ?」


えーっと…
おーあったあった。ちょっとホコリ被ってるけど、ちゃんとアイロン台も当て布もある。おkおk。

おk、なのだけども…


「…洗濯機、回したいなぁ。これ…」


どうにも、目に入って気になる…
洗濯機の前に洗濯籠があるのだが、それが満員御礼。…以上。こぼれてる。
回す暇がないのか…


「お仕事、忙しいんだね。うーん…でも下着は触れないし、洗濯機は音が…あ、でもこの洗濯機サイレントモード付いてる…」


憧れのドラム型…あ、乾燥機能も付いてる。ドラムなら付いてるか。
あ、洗濯糊も、ある。未開封だけど…。

…。

せめて、そうせめて、せめてさ?どうせ今からアイロン使うんだし…溜まりに溜まっているYシャツだけでも…?
あ、洗いたい…!


「…シャンデラ…だ、だめかなぁ…?」

「………。デラッシャァアン!」


シャンデラはふぅむ…とちょっと考える仕草をした後、何かを宣言するかのように声高に鳴いた。
あ、一応小声だけど。


「え、あ、お、おっけ?シャンデラ、今のってオッケーサイン!?」

「シャン!」

「いい!?」

「デッラァ!」


シャンデラは言っている、「いいぜやっちまいな!」と…!
押忍!!

ひゃっほーい!何枚あるんだろうこれ!Yシャツまとめ洗いでこんな大漁なの初めて!
テンション上がってきた!



−−−−−−−−−−



「シャンデラ、これってここに動かしても大丈夫?」



「ねぇシャンデラ、室内用のホウキとチリトリって…」




「あ、本当だ。じゃあ…」





「え、いいの?」








「本棚が…」












−−−−−−−−−−


くるっぽー。
朝です。


「ふああぁぁ〜おふぁよノボリー…リビング前で突っ立ってなにやってるの?とうせんぼ?」

「く、クダリ…見てくださいこれを…!!」

「なになに〜?あれ、なんだかいいニオイする…ね……? わぁお」



「あ!おはようございます!すみませんキッチンをお借りしてしまいました」

「デラッシャン!」

「シャンデラから、お二人が朝ごはんはしっかり派だと聞いたので、僭越ながら。お口に合うか分かりませんが…」


あの後。
ヒートアップした私とシャンデラは、シャンデラに確認を入れながら出来る範囲でリビング、廊下、玄関の片付け、掃除を行った。
いやぁ…やりだすとハマるよね…。この綺麗になっていく快感がもう。
夜中のあの変なテンションも助けて荒ぶってしまった。すげー掃除ハイだった。
そうして一息ついた時にはもう空が白んでいる時間帯で。軽く寝直そうかとも思ったが折角だしお二人が起きてくるまで起きてようと思い、着替え、料理は暇つぶし。
冷蔵庫をあけていいものかとは迷ったものの、シャンデラがどうぞと言わんばかりに開けてくれてしまいました。

結局シャンデラは一晩中付き合ってくれ、今ではすっかり仲良しです。


「一応、逐一シャンデラに確認を取りながら作業しまして、特にプライベートに関わると思ったものには手をつけてません。…ご迷惑だったでしょう…か」

「「…。」」


あっ、あれ?ヤバイ。
ノボリさんとクダリさんが、目をかっぴらいて固まって…る。
すげぇ…怖い…。
自分の血の気が引いていくのがわかる。

や、やっぱり家主の許可無しに勝手に…は、ま、まずったかな。
シャンデラの許可取ればいいかなと思ったけど…そうだよね…他人に生活圏触られたら気持ち、悪いよね。
…うん私だったら絶対やられたくない…!

ああ洗濯物を畳むだけにとどめれば良かった!
正直、途中からは自分が楽しくてやってしまったし。
も、もう今更遅いんだけど…恩を仇で返すことになってしまっていたら申し訳なさすぎる!
あ、謝らなきゃ!


「っす!すいません!出過ぎた事を!」

「…ねぇ、ナマエは魔法使いだったの?」

「…………えっ?」

「だってすごい。寝る前はきたなかったのに起きたらきれい。魔法みたい。ぼくリビングのカーテン開いてるのみるのひさしぶり。」

「あ、そ、そうなんですか?」

「うん。あ!このメガネなくしたと思ってた!」

「め、迷惑じゃありませんでした?」

「めいわく?なんで?すっごいうれしい!ね!ノボリ!」


ほんと?ほんと!?
弾かれるようにノボリさんを見る。


「ええ…申し訳ありません嬉しさのあまり放心しておりました。ありがとうございます。…でも何故このようなことを?ここまでにするのは大変でございましたでしょう」


…ほ、ホーーッ。
良かった怒ってたんじゃなかった…!


「あ、実は夕方に寝てしまったせいかあまり眠れなかったので…あとお二人に何か恩返しができればと思いまして。作業は楽しかったですよ。シャンデラが付き合ってくれたので一緒に夜更かししちゃいました。ね、シャンデラ」

「シャーン♪」

「それはそれは…誠にありがとうございます、ナマエ様。シャンデラもご苦労様でございました。」


はあぁ喜んでもらえたようで良かった…。
あ、ノボリさんに褒められてシャンデラもとっても嬉しそう。
良かったねシャンデラ。一晩付き合ってくれてありがとう。
本当に助かったし、楽しかった。


「…もうすぐ朝食の準備ができるので、よければお先に顔を洗ってきてください」

「ごはん!ねぇごはんなぁに?」

「あ、そんな大したものは作ってませんよ?
オニオンコンソメスープと、スクランブルエッグと、焼いたウィンナーと、野菜とハムチーズのホットサンドです。あとデザートにジャム乗せのヨーグルトですね。」

「うわあおいしそう!すぐ洗ってくるね!」

「はい。お願いします」


バタバタバタ!
昨晩と同じようにスリッパを中途半端に引っ掛けて、クダリさんが洗面所に消えていった。
ふふふ。口に合うといいなぁ。


「自宅で朝食を頂くのは久しぶりでございます」


ノボリさんがダイニングテーブルに腰掛けながら言う。


「あ、やっぱりそうなんですね。食材がどれも日がギリギリでした。…あ、アプリコットジャムを使い切ってしまったんですが大丈夫でしたか?」

「あれも日が迫っていたでございましょう。構いませんよ。寧ろ使ってくださってありがとうございます」

「ジャムってうっかりしてると過ぎちゃうんですよねぇ」


南向きの部屋のリビングが適度に朝日に照らされる中での朗らかな空気が流れる。
なんだか夫婦みたいな会話だなぁとか馬鹿な事を考えていると、クダリさんが洗面所から戻ってきた。

バタバタバタバタ!


「顔洗ってきた!ごはんできた!?」

「えっと…あ、はい。ちょうどホットサンドが焼きあがりました。今お皿に移しますね。」


ホットサンドメーカーで焼きあがったサンドイッチを、サンドイッチらしく三角になるようにカットし、二つのお皿に盛り付ける。
こうすると食べやすいし、見目もいい。


「はーい!あ!ノボリ顔洗ってきて!」

「わたくしはリビングに来る前に洗ってまいりましたよ」


可愛い会話に頬が緩むのを感じながら、 既にYシャツ、スラックス姿のノボリさんと、未だパジャマ姿のクダリさんの前にお皿を置く。
この2人用ダイニングテーブル可愛いなぁ。


「はい、どうぞ」

「わあチーズとろとろ!いただきます!」

「ではありがたく。いただきます。」

「はい。召し上がってください。ホットサンド、もう1枚ずつ焼こうかと思うのですが、食べられますか?」

「よゆう!」

「ええ。頂けますか」

「はーい」


ああいいなぁやっぱり人に料理ふるまうの好きだなぁ。にやにやがとまらない。
おもてなしとか、そういうの大好きなんだよなぁ。
しかもここはデザイナーズシステムキッチン!使いやすさが半端ない。
いつも一人暮らしの、1口コンロとシンクだけ、みたいなキッチンとは訳が違う。
全部の料理をあったかいまま出せる。ビバ3口。
はぁぁいつかこんなところに住みたい。



「ね!スープっておかわりあるの?」


目をキラキラさせてクダリさんが聞いてくる。ふふふ。


「ありますよ〜美味しかったですか?」

「うん!どれもすっごくおいしいよ!ナマエ天才!」

「あは、天才。ありがとうございます。そう言っていただけると作った甲斐があります。」


良かった良かった♪
作り慣れてるものばかりだから不味くはない自信があったが、この二人はセレブなのだ。
高くて美味しいものを食べ慣れているだろうし、ちょっとだけ心配だった。


「うんじゃあこれからずっと言うね!」

「はい!…はい?」


ん?

これからずっと?



「ナマエここに住みなよ!ぼくたちの妹ってことでさ!

ゴハンおいしいし!」






…ゴハンが美味しければなんでもいいのかお前は!

確かにいつかこんなところに住みたいとは思ったけど、今じゃなくて結構です!







−−−−−−−−−−−

シャンデラのターンが楽しすぎて伸び伸びになって自分でもびっくりです。
ポケモンとの絡みたのしい。


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