▼(徹)夏←昭
ある意味パラレル




「兄ちゃん…」

さらさらと淀みなく鉛筆を走らせる指先、時々鉛筆のてっぺんが触れる薄い唇、思考に沈む瞳を、ぼーっとなって眺める。
間違いなく男で、年上で、それもただ数学の問題を解いてるだけなのに。いつまでも眺めてたいくらいキレーだと思った。



俺が兄ちゃん、結城夏野、もしくは小出夏野と出会ったのは、あの暑い夏だった。起き上がりの奴から、俺とかおりを救ってくれた、ヒーローみたいな兄ちゃん。…もう、2年も昔のことだ。あの夏のことはあんまり思い出したくないけど、兄ちゃんと出会えたことだけは感謝してる。

あれから俺は、すっかり兄ちゃんに懐きまくった。
兄ちゃんは俺が見る限り人と距離をおくタイプで、友人らしい友人も作ろうとしない。けど、後をついて回る俺のことを邪険にはしなかった。あの夏の秘密を共有してるからか、なんだか俺だけには甘い気がする。俺だけが兄ちゃんの側にいれると思うと誇らしかったし、嬉しかった。

部屋に押しかけ、一緒の時間を過ごすうち、俺はますます兄ちゃんに夢中になっていった。…初めてのオナニーで無意識に頭に思い描いた時点で、劣情込みのこの気持ちを正しく理解し。思い立ったら即行動がモットー、俺はすぐに想いをぶちまけた。

『兄ちゃん、俺、兄ちゃんが好き。恋だよ、恋。兄ちゃんと付き合いたいし、ヤりたい!』

不思議と、今までの関係が崩れたらどうしようとか、そういう考えは浮かばなかった。

『……昭。それは、違う。恋なんかじゃない。勘違いだ』
『勘違いなんかじゃねえよっ』

結局、どれだけ熱心に気持ちを伝えても、兄ちゃんは信じてくれなかった。
俺の想いは受け入れて貰えない代わりに、気持ち悪いと拒絶されもしない。今までと何ら変わらない毎日。

俺は相変わらず兄ちゃんの部屋に押しかけ、めげずにアタックを繰り返してる。いつもうまいことはぐらかされちまうけど。



「…昭。手がとまってる」
「へ、」

ぼんやり考え事に浸るうちに、兄ちゃんが呆れた風にこちらを見ていた。俺がワガママいってわざわざローテーブル出して貰って、向かい合って勉強してる状態だから、そんな近くで見つめられると、心臓がバクバク言ってしまう。顔も赤くなってたらどうしよう。

「集中できないみたいだな。だから勉強は一人でやった方がいいって…」
「で、できるできる!ちょっと疲れたなって思っただけ!」

ふう、とデカイため息をつくと、兄ちゃんは席を立った。

「…休憩しよう。飲み物持ってくるから」

ぼんやりしてるうちに、兄ちゃんが両手にマグを持って帰ってくる。匂いから察するに、片方はコーヒーで、片方はココアだった。

「ン。熱いから気をつけろよ」
「…うん」

当たり前みたいにココアの方を手渡されて少しむっとしたが、すぐに口をつけた。あまくて、あったかい。子供扱いされてても、兄ちゃんが俺の為に入れてくれたってだけでトクベツだ。

「サンキュな、兄ちゃん。何か頭働きそ…」

ベッドに腰掛けた兄ちゃんは、自分もマグを傾けながら、ぼんやり窓の外を眺めていた。

…またかよ。

一緒に部屋にいるとき、ふと気付いたら、兄ちゃんは外を眺めてることが多かった。何かあるのかと覗いてみても、変哲ない茂みしか見えないのに。

それと兄ちゃんは、絶対に窓に鍵をかけない。一度何の気なしに俺が閉めて、窘められたことがある。

鍵の開いた窓から、じっと、見えない何かを見つめる兄ちゃん。こんなときは、まるで知らない人みたいに見えて。そんな遠くじゃない、コッチを見てほしくて。

「兄ちゃん!」

俺はその手からマグを取り上げて、勢いのままベッドの上に押し倒した。

「…?」

はらり、ベージュの布団の上に艶のある髪が散らばるのを、深い色の双眸が俺と天井を映すのを、兄ちゃんの手首が掌の中でとくとく脈打つのを、俺はどっか夢みたいに感じてた。
俺、兄ちゃんを、押し倒してる…?

ぱちぱち瞬きをしていた兄ちゃんは、やがて眉根を寄せてため息をつく。

「……昭。馬鹿なことはやめろ」
「馬鹿なこと?俺、ずっと言ってるよね、何べんも、兄ちゃんが好きだって!」

その弟を嗜めるような口調が悔しい。俺に押し倒されても、ちっとも動揺なんかしないんだな。

「俺、もう、子供じゃねえよ!あん時みたいに、兄ちゃんに守って貰わなきゃなんも出来ないガキじゃない」
「…あきら」
「身体も大きくなった!身長ももうあんま変わんねーし、来年には兄ちゃん抜いてみせるし、現にこうやって、あんたを押し倒すことだってできるんだぜ」

だから、いい加減、俺をみてくれよ!

「そんな顔して、何言ってるんだ」
「え…」

すっと伸びてきたほっそりした指が、俺の目尻をなぞった。自分でも気付かなかった、いつのまにか視界には水分の膜が貼ってて、兄ちゃんの顔がよく見えない。
くしゃり、みっともなく顔が歪んだ。


……本当は、わかってた。

兄ちゃんが、窓に鍵をかけないで誰を待ってるのか。
今俺のいる場所が、兄ちゃんの隣が、以前は誰のものだったのか。
いや、それどころか、兄ちゃんは今でも…ずっと。


「…あ、あの人の、代わりでもいいから…俺を、見てくれよぉ…」
「…代わりって、誰のこと言ってるかわかんないけど。昭は昭だろ。誰の代わりでもない」
「けど!」
「…お前は、生きてるだろ?それだけで凄いことだ。死人の代わりになんか、なれない」

霞む視界で、兄ちゃんが唇にちらりと笑みを乗せた気がした。
それは、兄ちゃんにとっちゃ俺への慰めのつもりだったかもしれないけど。

「昭…?」
「ウぅ……」

ついに大粒の涙が溢れて、兄ちゃんの頬にまでだらだら落ちて、それでも止まらなかった。

ずるい。
ずるいずるいずりいよ…!

だって、どうしたって死人になんか、勝てる訳ないじゃないか。


「ック、うぅ、…ふぁっ…」
「…身体はでかくなっても、やっぱりまだまだ、子供だな」

ぽすんと残酷なくらい優しい手が頭のてっぺんにふってきて、俺は兄ちゃんの胸元にすがりついて、子供みたいにわんわん泣いた。シャツがべっとり濡れるのも構わずに。


もう、ガキでもいいと思った。手のかかる弟でも。兄ちゃんが俺を見てくれるなら、それで。








★199X年の夏を、昭と夏野が無事生き残った設定で。
中3昭→高3夏野っておいしいと思います


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