▼(徹)夏+葵



「ナッちゃーん!」

玄関をくぐっていの一番に、底抜けに明るい声。…と思ったら、次の瞬間もう居間に引っ張りこまれていた。

「てて!腕痛いって…葵」
「あ。ごっめーん」

こういう悪びれなく、こちらの領分にずけずけ入ってくるタイプの女子は正直苦手だった筈だけど、彼女のことをそう感じたことはない。
…この武藤家というのは、本当に俺にとって未知で不思議のかたまりだ。自分が他人の家に入り浸って家族ぐるみの付き合いをするなんて、都会にいたころじゃ想像もつかない。


「前からね、ナツに確認しなきゃって思ってたんだ。今はうるさい保もいないし、丁度いいかなと思ってさ」
「確認したいこと?俺に?」
「そ、ナツに。兄貴はいつも通り上でゲームに夢中だから、ちょっとくらい待たせてもいいでしょ?」
「別にそれは構わないけど。何?」

武藤家を通して仲がいいとは思うけど、個人的に親しい付き合いがある訳じゃないから、まったく見当がつかない。わざわざ俺にだなんて……何だろう、あるとすれば徹ちゃん関係か?

そんな俺の予想は、当たらずとも遠からず、だった。ただし、まったく理解不能というか、とんでもない方向に。


「ナツと兄貴ってさ、正直どこまで進んでんのよ」
「……」


葵には悪いけど、本気で話が見えない。進む?何処へ?っていうか、何で急にそんなに声を潜めるんだ?

「進むって何が。…ゲームの話?」
「ふふ、ごまかさなくっていいよう。ソッチの話に決まってんじゃない」
「そっち?」
「もー、意外に照れ屋さんなのね、ナッちゃん。だからぁ、兄貴ともうヤッちゃったのかって聞いてんの!」
「や…!?」

何を?と聞き返したかったが、元より鈍い方でもない俺は、流石に葵の言いたいことに見当がつき始めた。
きらきらした彼女の瞳が、教室の隅で集まり、時折こちらを伺いながらこそこそ話す……所謂、『恋バナ』とやらに燃える女子のソレだったから。

がっくり、盛大に脱力する。
俺と、徹ちゃんが、どうにかなるように見えるのか?

「この村じゃ、男と男が付き合うのが普通なのかよ…」
「えー、まさかぁ。むしろやっぱり都会は進んでんのねって思ってたんだけど、違うの?」
「んなわけあるか!」
「…何、ひょっとして、マジであんたたち何もないわけ?」
「…あるわけないだろ…」

普通に考えて気持ち悪くないんだろうか、兄貴が男と、なんて。むしろガッカリ肩を落とされる理由がわからない。

「嘘ぉ、ナッちゃんならそらしゃあないな〜って思ってたのに…」
「?どういう意味、」
「見た目的な意味でも、あ、もちろん中身もね」

うちの兄弟って好みのタイプ似てるらしくて、だから私も分かんのよね、と葵はニコニコ笑う。頭が痛くなってきた……。

「それって、徹ちゃんにだいぶ失礼…」
「あーあ、でもびっくりだわ。兄貴があんなに誰かに執心するのも、ベタベタ構い倒すのも初めてだし、私ってば絶対そうだと…」
「…え?」

思いがけない葵の言葉に、一瞬状況も忘れてきょとんとしてしまう。

「徹ちゃんは誰にでもあんなんだろ?」

真顔で首を傾げれば、今度は向こうに大袈裟なくらい驚かれてしまった。

「ナツ、それ本気で言ってる?」


…そりゃあ兄貴は人懐っこいし、友達も多いけどさあ。あの通り面倒臭がりだから、わりと来るもの拒まず去るもの追わず、みたいなトコあんのよ。最初の頃、いくらナツにつれなくされてもめげない兄貴見て、保とびっくりしてたもん。特定の誰かがこんなウチに入り浸ることもなかったし…あ、まあ、正雄は例外ね。大体あたしらでも、あそこまでベッタベタに甘やかされたことないっての。スキンシップ過剰なのはもともとだけど、ナツのは見ててこっちが恥ずかしくなるっていうか、ま、もう慣れたけどね。とにかく、兄貴にも遂に春が来たのねーって思ってたのに……ナッちゃん?どうしたの?


「…俺、ちょっと用事思い出した。今日は帰んね。徹ちゃんに言っといて」

顔を伏せたまま荷物を回収し、そそくさと背を向ける。スニーカーを履いていたら、やけに楽しそうな声がトドメのようにおっかけてきた。

「ナツ!男同士も、ちゃんとゴムはつけなきゃ駄目みたいだからねー。えっと、この辺で売ってんのはねぇ…」
「お邪魔しました!!」

女が平然とゴムとか言うな。あとそんな情報は全く要らない。っていうか、俺は何でこんなに顔が熱いんだ…!


歩き慣れた武藤家からの帰り道。顔のほてりはキツイ日差しのせいに、どうにもふわふわ収まりのつかない気持ちは、葵を通り越してそのバカ兄のせいにすることにした俺だった。





「あれ、葵、夏野まだ来てないか?昼過ぎにはいくって言ってたし、そろそろかと思ったんだが…」
「…よかったね、兄貴。まだまだ脈はあるみたいよ」
「ほぇ?」







★葵ちゃんはイイコだから、兄貴の恋は全力で応援してくれるはず。
「兄ちゃん」て呼んでた気もするけど、「うちの兄貴なのよ?」が印象的だったので私はこっちプッシュで…



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