▼屍鬼徹と人狼夏野・暗い
ほんのりエロ注意



「はっ、ぁ、ふ…」

狭い部屋は、色めいた吐息で満ちみちていた。それは今の俺には、到底手に入れる術もないものだ。


…たぶん俺は、この世の地獄ってヤツをみてきたんだと思う。
いや、こんな生死も宙ぶらりんの状態だから、この世といわず本当に『本物』の地獄かもしれないよな。

人でないものに襲われ、理不尽に命を狩られ、自らもその怪物に身を堕とし、飢えにのたうち苦しみ、ひとの命を奪いながら、…いちばん大切だった人さえも、この手にかけた。

きっともう、これ以上酷いことは起こりようがない。
冷えていく彼の亡きがらを抱いたとき、確かにそう思った筈なのに。


「ッ、」

拳を握るだけじゃ足りず、ぎりぎりと唇を噛み締める。痛みは感じない、ただ犬歯をたててしまわないか心配になるだけだ。こんなところで理性を失う訳にいかないから。

「っう、ぁ……」

目の前で膝を立て、淫らな自慰にふけるひと。
一度は俺の腕の中で冷たくなったはずの彼は、生前と何も変わらないように見えた。吐き出す熱っぽい吐息も、じんわり赤らんだ目元も、堪えるように潜められた眉も。体温も呼吸もない俺とは、同じようで、何もかも違う。

「ん、んん…っ」

鼻から抜ける艶っぽい声、生々しい粘着音、この暗い部屋にひそむドロリとした愉悦。ごくり、喉がなる。そんなもの、今となっては意味のない生理現象なのに。

心からあいしたひとが、いつものストイックな顔を歪め、いやらしい行為にふけっているのだ。それも、

「んっ、はぁ、と、る…とおる、ちゃ…」

とけた声で、何度も俺の名前を呼びながら。綺麗な指で自身を慰める手つきは、どこか自分が施したものに似てる、ようにも見えて。

…どんなに踏ん張っても、堪えられるものじゃない。ふらふらと、誘われるまま、一歩ベッドに踏み出した。


「なつの…」
「……呼ぶなって言ってんだろ。」


ぴしゃりと、突き放す口調。さっきまでの甘さは、一瞬で夜の深い闇へ消えた。

「アンタだけには、名前で呼ばれたくない」

格好はしどけなく足を開いたままでも、俺を貫く視線は、どこまでも冷たい。初対面のときでさえ、こんな風に夏野に見られたことはなかった。いつものことながら、もう動かない筈の心臓がキュッと縮こまる気がする。

「ハッ、なんだよ、何て顔してんの?」

夏野の手が性器を離れ、伸びてくる。べったり。先走りをなすりつけるように頬に触れてきた指先に、びくりと身体が震えた。じんわり伝わるぬくもりに思わず手を重ねようとしたら、音を立てて容赦なくはじかれた。

「触んな。…人殺し」

ヒュッと息をのんだ。

人殺し。ヒトゴロシ。
醜いエゴと欲求のまま夏野を手にかけた記憶がハッキリ蘇ってきて、顔が歪む。

「ごめん……」

はらはらはら。
こんなになっても涙だけは出てくるのには、何か意味があるんだろうか。


「…泣き顔だけは本当に変わらないんだもんな。ますます腹が立つよ」

夏野は顔を背け、ほんの少し苛立ちを滲ませて言う。ふと、はじめて夏野と身体を繋げたとき、感極まってちょっぴり男泣きしたことを思いだした。

『アンタが泣いたら、俺はどういう顔すれば良いんだよ』

情けない俺の下で、夏野はほてった顔で精一杯渋い顔を作っていた。

…夏野も、あのときのことを思い出してくれてるのか?伏せられた目からは、何も読み取れなかった。


「何度でも言うけど。俺はアンタが嫌いだし、許せない」
「っ、当然だと、思う」
「それでも側におくのは、アンタが利用価値のあるスパイだからだ」
「わかってる…」
「俺が愛してんのは、今も昔も、…徹ちゃんだけ」

はっとして顔をあげる。夏野はもう、俺なんか見てはいなかった。起き上がってから冷たく凍るようになってしまった瞳が、じんわりと熱に濡れていく。止まっていた手の動きはいつのまにか再開し、夏野を追い詰めていった。

「は……。ん、ぅあ、と…るちゃん、もっと」

はらりと一筋、夏野の頬を伝っていったのは、快感の証か、それとも。


(なつの……)


ああ、これ以上の地獄ってあるか?

夏野が愛してくれた『徹ちゃん』は、もうどこにもいない。

夏野が憎んでやまない殺人者の『俺』は、愛しいひとが哀しい愉悦に溺れていくのを、こうして無い息をひそめて見ていることしかできないのだ。







★夏野のオ○ニーショウはスパイ情報の報酬という名目で行われてるんだと思います。けど指一本触らせてはくれない。人狼夏野は女王さま!


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