▼徹夏・夏野編第柩話ネタ
夏野。
その名前をあれほど嫌った訳を、いま考えてみると自分でもよくわからない。女みたいな響きが気に食わなかったのか、自分たちのセンスを信じて疑わない両親への反抗心か、それとも、下の名前で呼ばれるほど、誰かに踏み込んでこられるのが嫌だったのか。
……どれにしてもずいぶん子供じみたことだ。正雄のことを言えやしない。
『夏野、』
そんな自分でもバカバカしいくらいムキになってしまったのは、きっとたぶん、何度注意しても治らないのが近くにいたせいだ。
『夏野ぉ』
性格そのままの間延びした調子で発音されると、まるで厭わしい自分の名前じゃないみたいに聞こえるのが不思議だった。
次第に何やらくすぐったい心地がして、そういうのがまた最高に俺らしくなく苛ついて、時には手まで出して訂正した。…それでも結局、最後まで治ることはなかったけど。
「…夏野…」
それは、今まで誰に呼ばれても感じたことのない、ぶるりと全身が震えるような、目がくらむような、
ハッキリとした、嫌悪だった。
「下の名前で呼ぶなって!!」
気が付いたら、手に持った間に合わせの十字架を投げつけていた。この状況で武器を手放すのは愚かだとか、考える余裕もない。そんなものにも怯えてみせる哀れないきものに、怒りなのか悲しみなのかもわからない感情がふつふつ湧いて、踵を帰して山の中を駆け出した。
もう聞く筈のなかった声が、自分の荒い息と幻のあいだでリフレインする。
夏野。なつの。なつのー。なぁ夏野。なつのよ。
「っは…俺をよぶなよ…」
誰かによく似た声で。
誰かによく似た響きで。
誰かによく似た調子で。
……違うだろ。そうやって俺を呼ぶのは、繰り返し繰り返し、何べん注意したって懲りずに、ヘラヘラ笑ってそう呼ぶのは、お前じゃない。お前なんかじゃ、あっちゃいけない。
なあそうだろ、徹ちゃん?
★あのとき夏野と呼ばれて怒ったのは、いつもとは全く違う理由だろうな、と。何番煎じかわからんネタだ!