▼カゲタマ・病み・流血注意
DC2とちゅう



「あ…っ」

赤。赤、赤、赤。

カゲミツの日に焼けないまっしろな肌をぽたぽた伝うそれは、はっとするくらいキレイな色をしていた。目がちかちかするようなコントラスト。

「カゲ、ミツ」

しばらくタマキは、立ちつくしたまま動けなかった。だってあんまり突然のことで。目の前の光景が現実だと、すぐには受け止められない。

…確かに、いつも通りだったんだ。さっきまでのカゲミツは、普段と何も変わりないように見えた。いつもの様子でタマキの話を聞き、それから突然、まるでそうするのが当たり前だって顔で、カッターナイフを取り出して、自分の手首を…

「っ!」

無言のまま赤く染まった手首にもう一度刃をあてがるのが見え、やっと金縛りがとけたタマキは無我夢中でその腕をつかんだ。指先やシャツが赤く染まっていくのも、気にする余裕なんかない。

「カゲミツ…!なに、して、血、はやく、とめねえとっ…」
「なんで止めるんだ?」

動揺するタマキをうつす鳶色の瞳は、心底不思議そうで、場違いだけどまるで子供みたいに見えた。そこにある筈の痛みはなく、悲しみや苦しみや、怒りさえもない。背筋がぞわぞわした。カゲミツのこんな顔、しらない。

「なんで、って」
「だってタマキは、また俺たちを捨てるんだろ?」
「違っ!話をきいてくれ、カゲミツ!」
「何が違う?タマキは、結局また、あいつを選ぶんだ。だったら俺はもう、いらないだろ」

…タマキが、カナエの記憶を取り戻したのは確かだった。思い出して欲しくなさそうなのも気付いてたけど、こんなこと隠し続ける訳にもいかず、カゲミツに伝えた。

大事な仲間を裏切ってまで、一緒になりたかったひと。その想いの大きさも、共に過ごした思い出も、何もかもハッキリと今のタマキの中にはある。正直な話、いまでもカナエのことが好きなんだとおもう。

…けど、けど、だけど!

「違うんだ、おれはもう、誰のことも、裏切りたくなんか…」
「嘘吐き」

ぴしゃりと、取り付く島もなくカゲミツは言う。いつもタマキの前では柔らかくとけていた瞳が、今は温度のないガラス玉みたいで。

「タマキが俺を要らないんなら、俺にだって必要ない。だから終わらせるだけなのに、何をそんなに驚くんだよ?」
「そ、んな」

淡々と告げられる言葉に、胸がギュッと縮こまる。

タマキがJ部隊に出戻ったとき、よそよそしかったメンバーの中、ただ一人、カゲミツだけは変わらなかった。その何気ない気遣い、優しさと懐の大きさに、どれだけ助けられただろう。

……けど、きっとタマキには、上辺だけしか見えてなかったのだ。いや違う。
自分たちがつけた傷に、彼がどれだけ苦しみ、心を痛め、…まっすぐだったソレを歪めてしまったのか。その闇と自分の罪に触れるのが怖くて、見ようとしなかっただけだ。

「カゲミツ、」

タマキははじめて、カゲミツという人間の輪郭に触れた気がした。それから、泣き出したいくらいに胸が痛んだ。なんだか、自分が取り返しのつかないことをしてしまった気がして。


「なあタマキ、離してくれよ」
「……嫌だ」

自分より大きいのに、迷子の子供みたいな身体をぎゅっと抱きしめる。未だカッターを手放さないカゲミツが、いつまた…と思うとおそろしかった。出血のせいか、その身体が酷く冷えきっているのがかなしい。

「カゲミツ、お願いだからもうやめてくれ、傷の手当を…」
「…困るよ、タマキ。お前がいらないモノなんて、俺はいらない。さっきからそう言ってるだろ?」

今度はまるで、カゲミツの方が子供に言いくるめるような口調で。どうして俺なんかに、そこまで。今まで堪えてきた、言葉にできない熱の塊が、とうとう瞳からぽろぽろ零れていった。

「タマキ?なんで泣くんだよ…」

心配そうな顔をしたカゲミツが、血だらけの指先でその涙をぬぐう。べったり赤く濡れたタマキの頬を、いくつもの透明な線が伝っていく。

優しいところは何も変わってないのに、なんで、どうして、こんな。

「っ、だって、カゲミツは、いらなくなんて…」
「いらないから、タマキは俺をすてるんだろ」
「ちが、違う…おれはっ、おれはもう、どこにもいかない!」
「嘘だ」
「うそじゃない…」

一瞬だけ、カナエの優しい笑顔が浮かんで、つきんとした胸の痛みといっしょに頭をふって追い出した。

だからお願い、はやく、傷の手当をさせて。カゲミツが死んでしまう。

「…どこにもいかない?」
「ああ、」
「本当に、これからもずっと、俺のそばにいてくれるのか?」
「…うん」

カゲミツの指から滑り落ちたカッターナイフが、ことんと音を立てて床に落ちた。


「そうか。…よかった」


ニコリと、綺麗な顔でやっと笑ってくれたカゲミツに、心の底からほっとする。

「はやく、血、止めないと…!いや、それよりも救急車っ…!」

慌てて電話と救急箱を求めて立ち上がろうとして、けれどそれは、叶わなかった。

−カチャリ。

無機質な、聞き覚えのあるおと。どうして?

おそるおそる、自分の手首をみる。さっきまではなかった筈の、仕事上では馴染みのあるものが巻き付いている。


「……カゲミツ?」
「タマキはもうどこにもいかないんだよな?だったらもう、一分一秒だって、離れてる必要なんかないだろ?」

震えるコエで名前を呼んでみても、楽しそうなカゲミツの笑みは揺るがない。まるで血の通わない彫刻みたいな、つくりものめいた笑顔。

…自分の片手を諌める冷たい手錠の先は、いつのまにかその、血に濡れた手首と繋がっていて。


「あいしてる、タマキ。タマキが俺と居てくれるなら、他は何にもいらねえよ」


それはかなしい、かなしい告白。


「カゲミツ…」


こんなひんやりした金属なんかよりずっと、タマキを縛りつけて離さない。






かいろの、じゅばく)






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