「げ!もう9時前かよ…っ?」
システムエンジニア、いわゆるSEの仕事は、一般に思われてるよりずっとキツイ。
仕事にかかりっきりの俺に愛想を尽かした昔の嫁は、オトコ作って出ていった。幼い息子をひとり残して。
それからはさすがに仕事を減らしてもらったけど、それでも子育てと両立だと参っちまう。まぁその分営業みたく対人関係のストレスはないし、こんなまっ金の髪でも許されるワケだけど。
今日も退社寸前になって、商品として卸す寸前のソフトウェアに重大なバグが見つかり、設計担当だった俺は帰る訳にいかなくなった。
なんとか死ぬ気でスピード解決させたけど、息子の幼稚園に着くころには辺りは真っ暗。とりもとりあえず車をつけ、脱いだ背広を抱え、明かりのともった部屋へダッシュする。
「待ってろよ、アラタ…!」
時々生意気だけど、それでも可愛い一人息子だ。泣かれても、罵られても、拗ねられても辛い。
「す、すみません!本当に、こんな遅くなって…ッ!」
汗だくでドアを開いたとき、真っ先に耳に飛び込んできたのは、
「できたぁ!おちろできたよぉ、たまきちゃん!」
「…へ?」
きゃっきゃと楽しそうに弾む、息子・アラタの声。怒っても泣いてもいない…むしろご機嫌…なのか?
「やったな〜!凄いぞ、アラタ、カナエ!」
「うん!」
「りっぱなおしろだねぇ」
はっと息をのんだ。
教室にはアラタの他に、もう一人男の子、そして……誰だ、あれ……?
体格は小さ目だが、成人男性、それも確実に見たことない顔。同じく背広を脱いだスーツ姿だから、多分先生とも違う。
けど、子供たちにまじり、まるで自分も子供みたいに楽しそうに笑うカオが、やけに目に焼き付いて……
「パパ!」
「ぅわっ、」
ようやく俺に気付いたらしいアラタの、足への渾身の突撃で我に返る。
「みてみて!おちろ、すごいでしょ!」
「あ、ああ。凄ぇな、アラタが作ったのか?」
確かに小さなブロックで作られた城は、なかなかの大作だった。ちゃんと王子と姫らしきのもいる。
「うん!かなえくんと、たまきちゃんと、つくったの!」
カナエ、という名前は知ってる。アラタの口からよく聞く、仲良くしてもらってる年上のお友達だ。とすると、この子がカナエか。あれ、じゃあ、『タマキちゃん』って…。
「…アラタくんのお父さんですか?はじめまして。カナエの、父です」
はしゃぐ姿を他人に見られて恥ずかしかったのか。立ち上がり、少し照れ臭そうに笑ってみせる男。
…当時の俺の自覚はともかく、それは俺の人生をまるっきり変える出会いだった。
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もうちっと続きます