そう広くないトイレの個室は、成人男性が二人も入れば窮屈で仕方ない。
二人きりになった途端、タマキが両手を首に回して抱きついてきた。どこかさめたような、麻痺したような気持ちでそれを受け止める。
さっきの下衆な男たちのように、誰かに見られながらセックスする趣味はカナエにはない。かと言って、このまま平気な顔でタマキを連れ帰ることもできなかった。
首元にいくつも鬱血を浮かせ、露骨に男の香りをプンプンさせたまま。
「んー、カナエの匂い。やっぱカナエに抱かれんのが、いちばん気持ちいな…」
タマキがすん、と鼻をならす。さっきからの一連の行動は、わざとカナエを挑発して楽しんでるってわかってるのに、水面下で荒れ狂う感情が、制御できない。
「なぁ、カナ…」
「黙って」
噛み付くように唇を塞いで、そのままお互いをひとかけも残さず食い尽くしてしまうな、激しいキス。
ふぅ、はふ、くちゅ、ん…
狭い個室に響く水音とふたつの荒い吐息に、身体の熱はじわじわ高まるのに、胸の奥はすっと冷えていく。
「は……カナエの、くちびる、血の味するな。なんで?」
ぺろりと唇を舐めあげながら、タマキが首を傾げる。唇の傷の訳なんてわかってる癖に、そらっとぼけて。
「…本当、いい度胸してるよね。これ以上俺を煽るつもり?」
引き剥がした身体を、両手首を頭上でまとめるようにして冷たい壁におしつけた。普段はあまり感じない体格差がでるのはこういうときだ。肩から乱暴にシャツを落とし、白い首筋に散らばった鬱血の上に噛みついて…
「いっ…!」
「痛い?けど、痛いのも大好きだもんね、タマキくんは」
言葉でもおとしめながら、今度は赤くなった部分に執拗に舌を這わせていく。汚い男が触れた跡を消毒でもするように、なんて滑稽な。
「ん…いいの?アマネに、許可とんなくて」
「…何を今更。何したって同じでしょ、もう、こんなに汚れてるんだから」
ああほら、ここもまだドロドロだよ。ズボンと下着を強引に降ろし、まだ情事の名残を色濃く残す下半身を揶蝓する。ぴくん、とむきだしの肩が小さく跳ねた。
「俺……汚い?」
珍しく、頼りのない声。
訝しんで顔をあげたら、迷子の子供のような目とぶつかって息を飲んだ。
「タマキ…くん?」
理性なんて君は、とっくの昔に無くしてしまったハズでしょう?
なのに、その瞳がどこか傷ついてるように見えて、ふいに昔のタマキの姿に重なった。
どんな時もまっすぐで、濁ることがなく、カナエに勇気をくれた瞳。
瞼の裏が、じわりと熱くなった。
「っ、ごめん、ごめんね…!タマキくんは、汚くなんか、ないよ」
薄っぺらい身体を腕の中にかき抱いた。どうしようもない苛立ちとか醜い嫉妬とか、本当に俺は馬鹿だ。
きみを汚したのは、アマネでも媚薬でも、過ぎた快感でもない。
−−他でもない、この俺なのに。
「……うん。カナエ、すき、だいすき。いちばん、あいしてる」
細い腕がもう一度ぎゅうぎゅう背中に縋り付いてくる、まるでその言葉しかしらないように、何度も繰り返しながら。
「だから、はやくだいて?」
…ああ、その盲目とも呼べる愛の代償に、カナエが思い描いたごく普通の幸せは、壊れてしまった。
一瞬辛そうに、悔しそうに瞳を閉じてから、望まれるままに手をのばす。
「…後ろ、慣らさなくて大丈夫?」
「ん、へーき、まだ濡れてると思うし…なあ、いいからはやく」
「いくよ。辛かったら、言って」
「ん…。ああっ、ひゃあああぁん…っ!」
片足を抱え、既に十分滾ったソレで勢いよく貫けば、甘すぎる声を抑えることもなく、タマキはぽろぽろ涙を流して喘いだ。
「あっあっ!かなっ、カナエぇっ…は…きもちっ、あぁ…すきぃ…」
「…っん、俺も、だよ…」
ずっとずっと、きみをあいしてる。
(きみがどんな風に変わってしまっても。身体をつなぐことでしか、心をつなげなくても、)