もともと、生きることすら許されない人間だった。日の光の当たらない場所で、皆に疎まれ蔑まれて。生まれてきちゃいけなかった、哀れな子供。
アマネと出会い、はじめて生きることを許された。ただ、そこに生きる意味なんてなかった。マイナスがゼロになっただけ。意思も希望も夢もない、アマネが望むまま、なるべく利用価値のある人間であろうとしただけ。
タマキ君と出会って、今度は生きる意味をしった。均一にグレイで塗り潰されていた毎日が、嬉しい色、悲しい色、眩しくって目がくらんだ。今日と明日が違う意味をもつこと、誰かと一緒にその先を紡いでみたいと思うこと、なにもかもが初めてで。
…こんな俺でも、彼の側なら普通のひとになれたようなきがしてた。
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寝室にそっと忍び込んでも、タマキ君が目覚めることはない。悪いなとは思いつつ、身体に影響のでない薬を選んで夕食に仕込ませてもらったから。
目を覚まされたら困る。けど、どうしても、最後に顔がみたくて。いつも俺のワガママで苦しませてばかりでごめんね。
暗闇にぼんやり浮かぶ寝顔をみてるだけで、ほっと安心するような、反対に息が苦しくなるような。
「…不思議、だよね。ホントに」
飛び抜けて頭が切れる訳でも、戦闘能力が高い訳でもない。いまはどこか幼くさえ見える無防備な寝顔。あの、無条件で信じてついていきたくなってしまう、不思議な強さはどこから来るの?その力で、こんな俺さえ変えてしまった。こっちに来いよと軽く手を引くようなたやすさで。
タマキ君とならと、夢みたいなことを思った。あのアマネに、二人で立ち向かうこともできるかもと。自分たちにはその力と絆があると。…けれど。
「…ほんと救えない、俺って」
目に見えた犠牲がないと気付けないなんて。馬鹿だな、さんざん思い知らされてきただろう?
くしゃりと栗色の髪をつかんだ手は知らないうちに震えていた。アマネへの恐怖、自分への怒り、たぶん両方で顔が歪んでる。
結局、ゼロには何かけたってゼロのままなんだ。そばにいればいるほど、途方もない距離を思い知らされた。どんなに君が手を伸ばしてくれても、俺は誰かに伸ばす手なんて持ってなかった。そんなこともわからずに、君からたくさんを奪ってしまった。
「ごめんなさい…」
届かない謝罪ほど卑怯なものは、ない。でも、卑怯だってかまわない、裏切者と罵られてもいい、君が永遠に目を覚まさなくなる、そんな恐怖に比べればなんだって。
「弱い俺を、許してくれなくていいから……」
そっと握りこんだ手を、祈るようにこつんと額に当てた。
一時でも、俺を日だまりに連れだしてくれた手。この手がこれからもたくさんの人間を救うんだなと思ったら、何故か、一筋だけ、冷たいものが頬を流れた。誇らしいのか妬ましいのか…、自分でもわけがわからない。そこに自分はいないんだ。
運よく生き延びられたとしても、俺はもうカナエじゃない、ただの呼吸する人形に戻る。今更逃げようとは思わないけど。
ただ、ねえ、神様、お願いです。
なにもかもからっぽになっても。
半身を失うこの苦しみだけは、永遠のものでありますように。
たとえゼロのままであった方が幸せだったとしても、君と出会ったことを、なかったことにしたくない。
「…さようなら、」
唇は違う5文字を乗せたがったけど、俺にはもう、それを口にする資格なんてなかった。