▼星リク
苦労を知らねぇお坊ちゃまだから、とか、優等生ぶったスカしたツラが気に入らない、とか。
そんなどうしようもなく下らない理由で度々呼び出しをくらい、殴る蹴るの暴力を受け、その暴力が更に下劣な方へ向かうのにさほど時間はいらなかった。自慢の整った顔と、うまれつき華奢な身体も裏目にでたのだろう。
あまり使われないトイレで。放課後の体育倉庫で。女のように・・・いや、女よりも手酷く扱われながら、市ノ宮行は抵抗を早々に諦めた。厄介な持病のせいで、誰かに助けを求めることもできないのだ。逆らったって人数で敵わないし、もっと酷い目にあうだけ。ならば大人しく従って、じっと行為がおわるのを待つ方が賢明じゃないか?貝のように自分の世界に閉じこもってさえいればいい。
・・・望まぬ行為の繰り返しで、あさましく快感を得ることが上手くなってしまった自分の身体には、心底吐き気を催したけど。
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「・・・」
閉じていた目を、ゆっくり開く。広く突き抜けた赤い空が目にしみる。そう、ここはあの頃のかび臭い教室じゃない。鼻をくすぐるのは、今やすっかりお馴染みの荒川の匂いだ。あと、可哀相に身体の下敷きなった、草の匂い。
それなのに相変わらずリクの上には、顔も名前も知らない連中がのしかかっている。
あーあ、マズったな。俺としたことが。もうあんなことはない、あの頃とは違うと、何処かで安心してしまっていたのかもしれない。
「大人しくしてろ」「悪いようにはしねーからよ」だって?ハハ、言ってることすら、全然変わりないじゃないか。
「・・・」
「何だよ・・・何笑ってんだ?」
「いや・・・。馬鹿だなーと思って」
「ああ!?」
「お前、自分の立場わかってんのかァ?」
男たちは揃って目を吊り上げて、ふざけんなとまた数度殴られた。いよいよ唇が切れたようで、鉄の味が口いっぱいに広がる。
「相変わらずクソ生意気な奴だ」
「どうせ俺らは馬鹿だよ。なあ?お偉くてお綺麗な、市ノ宮坊っちゃんよ?」
「その身体もさぞお綺麗なんだろ?」
「またイイ声聞かせてくれよ」
耳を塞ぎたいほどに、下品な笑い声が響く。破る勢いでシャツを剥ぎ取られ、あらわになった首筋におぞましい舌と指が這った。
・・・ちがう、
馬鹿なのは俺だ。こんな奴らに、大人しく組み敷かれてる俺自身だ。
何か言葉を探して口を開いたけれど、結局何も出てこなかった。
こんな場所で新しい自分になったつもりでいても、結局俺はなんにも変わらないじゃないか。「たすけて」のたった4文字すら紡げない。紡ぐ資格も自由もない。
目をとじて、また、いつものように自分の世界に閉じこもろうとした。大人しく、時が過ぎるのを待てばいい。簡単じゃないか。・・・その時だ、肉のぶつかる鈍い音がして、とつぜん身体が軽くなったのは。
「・・・?」
何だろうと目を開ける。そこには、市ノ宮行がかつてみたことのない景色があった。
呆然として状況が飲み込めない様子の男たち。リクの上で好き勝手していた男は、尻をついて完全に伸びてしまっている。その顔の形には、最早原形がない。
見上げれば、インパクトのありすぎるシルエット。
「・・・星」
「お前ら、残念ながら人違いだぜ。そいつはリクルートっつんだ。ま、クソ生意気ってのは同意だけどな」
風のように現れたその男は、いの一番に握った拳の具合を確かめ始めた。「大事な商売道具だっつーのに」とか何とかぶつぶつ呟いて、自分で殴った男のことなど、もう気にもとめていないようだ。
「な、何なんだてめェは・・・!」
声をかけられてはじめて気付いたように、ぐるりと残った男たちを見渡す。
「あ?まだ居たのかよ」
「ふざけんな!イカれた格好しやがっ「さっさと失せろ。・・・次は、手加減しねェぞ」
切り捨てるような凄みある低音は、この河原には明らかにそぐわなかった。
奇天烈なマスクで表情が読めないのが余計不気味なのか、男たちはごくりと息を呑む。しばらくの膠着の後、伸びた一人を担ぎ、揃って尻尾をまいて逃げだしていった・・・拍子抜けするほどあっけなく。
肩の力がどっと抜けて、重い身体はまるで自分のものじゃないみたいだ。けれど今は、ほっとなんかしてる場合じゃない。あんな男たちに強姦されかけたことより、もっと重大で深刻な問題ができてしまった。
「おい。・・・リク」
伸ばされた手をとる道理なんてない。顔をそらしながらはだけたシャツを羽織り直し、ボタンを留める。こんなみっともない姿、いつまでも星なんかに見せておく訳にいかないだろ。もっとも、半分以上はどこかへ弾け飛んでしまっていたが。
「・・・んで・・・」
「あ?」
「なんで・・・助け・・・た」
「何でっておまえ」
「たのんで、ない、だろ」
みっともなく声の端は震えていたが、何とか搾り出せた。
・・・助けてくれなんて頼んだか?俺のことはほうっておいてくれ。これ以上誰にも、借りなんて作りたくない。作っちゃいけないんだ。
ああ、ほら、ヤバイ。気管がキリキリ悲鳴をあげ始める。いきが、くるしい・・・
思わず喉を掻きむしろうとした指を、奪われた。他でもない星に、節くれだった長い指でぎゅっと握られたのに驚いて、一瞬呼吸の苦しささえ忘れてしまう。
「な、何だよ・・・はなせっ」
「んっとにどうしようもねーなお前は」
つき放すような物言いにムッとするより前に、さっきの手で身体を引き寄せられ、荒々しくシャツの胸倉をつかまれた。今度はなんだよ。
「ああ、頼まれてねーよ。てめェを助けるなんて、頼まれてもゴメンだからな。・・・俺はただ、アイツらがムカついたから殴ってやっただけだ」
・・・そんなことに、お前なんかの許可がいんのか?
どんだけ俺様だよ。つけ上がんな。
星の声はびりびりするような怒気に満ちている。その怒りは、何故かリクの胸のうちに、怒りでも反発でもない不思議な感情をいだかせた。
「・・・俺はテメーが嫌いだ」
「・・・俺も。お前が嫌いだ」
そうだ。星は俺が嫌いだし、俺も星を嫌いだ。そんなことわかりきってる。俺たちはずっと犬猿の仲で、ニノさんを巡って恋敵で、それから・・・
それなのに、どうして
コイツは俺なんか助けたんだろう
俺は今ほっとなんかしたんだろう
どうして俺の前で・・・
命の次に大事だって言い張る、そのマスクを脱いだりするんだ?
星の身体から離れたウレタンの塊が、ごろりと地面に転がる。きちんと見るのは初めてかもしれない・・・星の素顔。こんなの認めたくないが、普段あれだけ三枚目なのが嘘みたいだった。てっきり怒った顔をしてると思ったのに、その顔には表情というものが受かんでない。マスクをしてる時のほうが表情があるなんて、おかしな話だ。
・・・その中で、瞳だけが、鈍く輝いていた。あの瞳の奥の、暗い色の正体は何だ?
再び、青い草の上に、身体が縫いつけられる。
どこまでも星らしくない星は、形の良い唇を歪めて、自嘲気味に笑った。
「・・・"此処"でコレを脱ぐつもりなんてなかったし、こんな暗ェ感情も思い出すつもりもなかった」
この荒川の橋の下は、星にとってもやはり特別で、忘れてしまいたい何かから目を背けることのできる場所なんだろうか。
「全部テメェのせいだよ」
何がだよ。人のせいにすんな。
言ってやりたいことは山ほどあるのに、言葉にするより前に、唇ごと乱暴に奪われてしまった。初めて知るその舌は、いつもニコチンに侵されているせいか、苦くて舌先が痺れた。
「・・・んッ、」
そのまま、唇はごく自然に首筋に移動する。さっき見知らぬ男が舐めた箇所を追いかけるように、厚い舌がねとりとなぞった。ぞくりと、背筋を覚えのある痺れがはしってく。
「・・・っは、あ・・・」
「言っとくが、お前なんかに貸しを作ったつもりはねーぞ。だから、」
嫌なら死ぬ気で抵抗しろよ。
借りを返す為だなんて、そんなわかりやすい言い訳なぞ許さないと。コイツはこうやって、簡単に俺の逃げ道さえ奪ってしまうからずるい。
顎を持ち上げられ、ぺろりと切れた唇の端を舐められる。不思議と痛みは感じなかった。次に舌がまじりあう時は、きっと俺の血の味がするのだろう。
「っは、この、クソ天体・・・」
「言ってろよ。バカルート・・・」
そんな子供のような悪口の報酬をかわしながら、とろけあう大人のキスに溺れていく。苦しくて、もう頭がぐちゃぐちゃだ。憎らしくて、ムカついて、腹が立って・・・馬鹿みたいに、きもちいい。
痺れる頭のすみっこで、リクはひっそりと悪態を吐いた。
星。お前は馬鹿だ。本当に・・・馬鹿みたいに素直じゃない。おそらく、俺と肩を並べるくらいには。
▼スンドメ!
あれだけうぶなリクにこんな過去はある筈ないでしょうが、男相手に暗い過去があるから、逆に女の子相手には夢持っちゃうよ!的なかんじで(こじつけ)