▼カゲタマ・フリリク
春といえば!…言わずもがな、歓迎会シーズンだ。日本一の歓楽街シンジュクは、いっそうの賑わいをみせる。
普段は命を賭けて任務にあたる特殊部隊も、たまにはハメだって外したい。元よりうちの面子は楽しいこと好きばかり。少し遅いけど、トキオの歓迎会兼、タマキのおかえり会…にかこつけた飲み会、もちろんカゲミツだって楽しみにしてたのに。
何でこんなことになっちまったんだ?
「あ、お兄さ〜ん。生追加ね♪」
浮かぬ顔のカゲミツと対象的に、隣のヒカルはハイテンションだ。白い肌はうっすら赤に染まり、さっきから理由もなくカゲミツの背中をばしばし叩いてくる。…ヒカルって酒に弱い訳じゃないと思うんだけど、どうも雰囲気に乗せられやすいんだよな。
その向かいで、キヨタカがニヤニヤ楽しそうにヒカルの話に付き合ってやっている。飲んでんのもマティーニか何かだし、相変わらずどこまでも格好つけたがりな男だよ。
「カゲミツ君〜ぼーっとしてないで、助けてくれよな〜」
恨めしそうな声に、びくっとなった。何かと思えば対面のナオユキだ。
「…ちょっとナオユキ。話はまだ終わってないよ」
「ユ、ユウト…。わかったよ、わかったから…ほら、そろそろ水でも飲んで落ち着けよ」
「いや、まだまだ。今日はとことんナオユキに付き合ってもらうからね」
「……」
…ユウトはああ見えて、実は結構酒癖が悪い。普段はユウトがナオユキの愚痴を聞いてやってんのをよく見るけど、いまはまるっきり正反対の状況らしい。ユウトの目が据わった笑顔も、ナオユキの困り顔も、なかなか見られない光景だ。
そうそう、未成年ってことでアラタは今回欠席な。不満たらたらだったけど、タマキが「二十歳になったら一緒に飲みにいこうな?」と言えば一発だった。まったく、なんて油断のなら…わかりやすいヤツだ。
そして、問題のその、タマキはといえば……
「……はあ…」
改めて、こんなハズじゃなかったのにと、何度目かわからないタメ息。すっかりぬるくなったジョッキの中身を飲み干して、恨めしそうに今日の主役たちを見つめる。
ほんのりピンクの顔で、普段よりもふにゃふにゃ柔らかく笑うタマキ。そりゃもう、ちょっと悶々しちまうくらい可愛いけど。
…なんで、俺の隣じゃないんだよ!?
タマキの復帰を、誰より歓迎してるのは勿論カゲミツだ。それがキッカケでずっと願い続けた恋まで成就したんだから、神に泣いて感謝したって足らない。
…ただ、ひとつだけ気に食わないのは、それに余計なオマケまでついてきたってこと。言うまでもない、今まさにタマキの横でへらへらしている、あの男。
何が腹立つって、明らかにタマキに気があんのが見え見えなんだよ!(あくまでカゲミツ目線)
今日の主賓ってことで、二人並んで誕生日席にいるのも気に食わない。
むすっと睨みつけていたら、そのトキオと目があってしまった。さっきから結構飲んでる癖に、顔色ひとつ変えてないのもまた腹立たしい。
「……タマキ、まだ飲んで大丈夫か?顔、けっこう赤いけど」
「へ?あ、うん…」
見せつけるようにタマキの顎をつかんで上向かせる、いかにもなーんかエロそうなその指に、一瞬で頭が沸騰しそうになる。
俺のタマキに馴れ馴れしく触るなよ!
ドンッ!と乱暴にジョッキを置くカゲミツに、わざとらしく首を傾げてみせるトキオ。畜生、絶対わざとやってやがるな…。
「どうしたカゲミツくん。あれ、あんまり飲んでないみたいだけど、楽しんでない?」
「心配どぉーーも。お陰様で、楽しく飲ませてもらってますよ!」
地を這う声で、張り合うように隣のヒカルと肩を組んだ。一瞬ぴくりとキヨタカの眉が動いた気がしたが、しるもんか。
「そりゃー良かった。俺も楽しいよ。な、タマキ?」
「あ…ああ、」
状況が飲み込めてなさそうなタマキを引き寄せ、ニヤリと楽しそうに笑うトキオの表情に、余計に腹立ちが募っていく。
ああ、いますぐ割って入ってやりたい!けど、仮にも、恋人としての陳腐なプライドが邪魔をする。片思いの時はどんな邪魔や横槍だってできたのに。タマキに、懐の狭い男だって思われたくない…。
がっくり肩を落としたカゲミツを、「そう落ち込むなよ〜」とヒカルが慰めてくれた。
「頼んだ酒が来ねーからってさ。よし、俺が文句つけてきてやる」
「ヒカル…ちげえ…」
普段はかなり聡いヤツなのに、相当酒が回ってバカになっているらしい。
「危なっかしいな。俺も行く」
千鳥足のヒカルを追って、当然のようにキヨタカも立ち上がる。
「あ、キヨタカ…ついでに俺も注文…」
何気なく座敷から顔を出して、カゲミツは自分の行動を海より深く後悔した。ふらつくヒカルを支えるフリで、キヨタカがこっそりヒカルの唇を盗むのをみてしまったから。
バカ、公衆の面前だぞ…。
誰かに見られたらどうするつもりなんだ、っていうか、実際にもう俺が見ちゃってるワケだけど…。
そそくさと襖をしめる。これ以上あいつらにかかわってられるか。バカップルにあてつけられ、一層気分が落ちてしまった。もう俺、帰ろっかな…。
「…かげみつ」
「へ!?た、たまき…?」
なぜか今までにない近さでタマキの声がきこえて、驚いた。さっきまでヒカルが座っていた場所には、タマキがいたのだ。
い、いつのまに!?
指をくわえて見てるだけだったタマキが、すぐそばにいる。
やけに潤んだ目でカゲミツを見上げてきて……ごくり、思わず喉が鳴る。
「…きぶん、わりい…」
舞い上がりかけたカゲミツの頭から、さあ…と一瞬で血の気がひいてった。全く、血がのぼったりおりたり、頭ん中さえ忙しい!
慌ててタマキの身体を支え、店の隅にあるトイレにまで連れ出した。
「手伝おうか?」というトキオの有り難くない申し出は、もちろん「結構!」とつっぱねて。
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