▼コシタツ
「…やっぱりアンタでも、試合の後は気が高ぶるのか」
村越が何気なくこぼした言葉に、達海は思いがけずキョトンとした顔をした。
大の大人二人の体重に、悲鳴をあげるパイプベッド。戯れのような前戯で達海の着衣は既に乱れ、いつものタイは白いシーツの海で泳いでいる。この程度で、とは自分でも思いながら、村越の目にはやけに扇情的にうつってしまう。そろそろこっちもタイを解き、シャツを脱ぐかと思い始めた頃、不意に口をついたことば。
蕩けかけた(少なくとも村越にはそう見えた)達海の表情は、スッカリ普段通りに戻ってしまった。それを勿体なく感じたことについては、深く考えないことにして。
「なんで?」
「何でって…自覚ねぇのか」
それは、村越がずっと尋ねてみたかったことだった。
ETUの試合の後は、こうしてこの男とセックスに及ぶことが多い。そしてそれは、達海が誘いを持ち掛けてくるからだ。今日も例にもれず試合日で、接戦の末、辛くもETUが勝利した。課題も見えたが、何より手応えを感じた試合。村越自身、身体は疲れても高揚感が抜けず、一も二もなく、達海の誘いに乗ったのだった。…それは、立場の違いはあれど達海の方も同じだと、勝手に思いこんでいたんだが。
「ふ〜ん。村越は高ぶってんだ」
その面白がるような声に、自分の見当が外れていたことを知る。
「どーりでね。勝った日は激しいし、負けた日はすげーねちっこいもんな」
そんな風に改めて言われると、羞恥が沸き上がる。スポーツ選手が試合の後に気が高ぶって何が悪い。
「うるせぇ。じゃあ、アンタは何で…」
「試合の後、お前をセックスに誘うかって?」
なんだ、流石にその自覚はあるらしい。なら、自分のそれ以外にどんな理由があるっていうのか。
「お前よかもっと単純だよ。わっかんねーかなー」
「はぐらかすな」
いつもの調子の達海に、少しいらいらしてしまう。この男が相手だと、いつも一方的に振り回されている気がしてならない。
村越の気が乗らない時でも、遠いアウェーのスタジアムなら宿泊先のホテル部屋に連れこまれ、近いスタジアムの日でも、結局はここ、クラブハウスという名のこの男のテリトリーに…。
そこまで考えて、はたと気がついた。そういえば、達海が村越を誘う日は、殆どが決まって、アウェーの試合の日だ。
「…アウェーに何かあるのか?」
「そこまで気付いてんのに、にっぶいねーお前、」
ぐい。
突然勢い良くネクタイを引っ張られ、そのまま達海の上に倒れ込みそうになり、慌てて腕をつっぱって身体を支える。
「…おい」
まったくこの人は、この体格差で思いっ切り下敷きにでもされたいのか。…ま、村越がそんなヘマをしないことくらい、わかってやってるんだろうが。
「似合ってんじゃん」
細められたその瞳の奥に、ちらりと情欲めいたものが燃えるのが、見え。
そこで、ようやく村越は、達海がいわんとすることに思いたった。
アウェーの試合後、村越がいつもと違うところ。ひょっとするとそれはこの、スーツ姿のことだろうか?
「…スーツに欲情でもするってのか」
「俺って、けっこうシチュエーションに燃えるタイプなんだよね」
スポーツ選手としてスーツが似合うと言われても複雑なところではあるが、達海からそんなカミングアウトをされるのに、悪い心地はしない。たまにはこっちから揺さぶらせて貰わないと、割にあわないだろう。
見せつけるように、達海の上で、ゆっくりした動作でネクタイを解いてみせる。目で追う達海が、舌なめずりでもするように、尖った舌でちろり上唇をなめた。
…まったく、どっちが誘って、誘われてるのか、わかったもんじゃない。
そのまま赤く濡れた唇にかみつけば、キスの合間に、楽しそうな声。
「は…村越もなんか、リクエストねーの。着てやるかもよ?」
まあ気が向いたらだけど、と呑気に付け足すふざけた言葉を、馬鹿らしいと切り捨てようとして。
ちらり、村越の脳裏を過ぎったのは。
ずっと昔から追い続けた、期待、嫉妬、羨望、憎悪、憧憬、そのすべてが詰まった、あの7番のユニフォーム姿……
「………馬鹿馬鹿しい。あんたみたいな趣味はねェよ」
「そ?ざんねーん」
たっぷり黙りこんでからそう答えた村越に、含みのある瞳が、何もかもお見通しにみえるのが悔しい。
「そんなに着たいなら、セーラー服でも着てみたらどうだ?」
100%皮肉で、最も想像できないことを言ってやったのに、「面白そうじゃん」なんてこの男はしれっと言う。
その年で何言ってやがるんだと呆れ……一瞬想像しかけてしまった自分を諌め、ごまかすように行為を再開した。
結局、何を着ようが着てまいが、お互い30男の色もへったくれもない身体に溺れているのが、一番滑稽なのかもしれない。
▼村越のスーツ姿が好き(私が)
…それだけです