▼カゲタマ・暗い



夢ってのは残酷だ。こころの引き出しのずっと奥にしまいこんでしまった記憶さえ、お構いなしで引きずり出してしまう。あれ?何か問題でもありました?だって貴方の記憶でしょう?どうして忘れてしまったの。


タマキの額には大粒の汗がうかんでいた。はあはあと息が荒く、いつも強い意志の宿る瞳は、輪郭をなくしどこか焦点があわない。
隣の彼が起き上がった気配にはっと目を覚ましたカゲミツは、すぐに状況をのみこんだ。

「あ…あ…」

唇を震わせるタマキが、母親を探す赤ん坊ような頼りなさで手を伸ばす。誘われるまま強く引き寄せて、腕の中にとじこめた。

…これでもう、何回目だ?こうしてタマキと夜を共にしてまだ日は浅いのに、殆ど毎回といっていいほど悪夢にうなされ目をさます。いままで、ひとりでどんな夜を過ごしてきたっていうんだよ。畜生。

かなしくて、かわいそうで、何よりいとおしくて、背中を抱く腕にぎゅうぎゅう力をこめる。けど、一方で、カゲミツの耳元で意地悪く囁く声がするのだ。

いまの君たちの幸せは、ただのかりそめにすぎない。
…まだ何も終わってないんだよ。タマキ君の中ではね。

誰かを探して震える手が、カゲミツの首にすがりつく。

「いや…だ。おねがい、ひとりに、すんな…」
「ああ。しないよ」
「なあ、いくな、いかないで、おいてかないで」
「何処にもいくかよ!タマキ、おれが、俺がずっと、お前のそばにいるから…」

子供のような力ですがりついてくる手に指を絡めたら、もう離さないとばかりにぎゅっとかたく握られた。その掌を、タマキは震える自分の胸の前へと引き寄せる。目をつむった表情はほっとしたようにも見えたし、必死にすがるようにも、祈るようにも見えた。

そして、その名を呼ぶのだ。

カナエ、カナエ、カナエ…っ

うわごとのように繰り返す言葉は、いくら愛するタマキの声でも、カゲミツにはまるで悪魔の呪詛だ。耳からじくじくと全身がうんでいく。それでも耳を塞ぐことなんかできやしない。自分の腕の中で他の男を想って苦しむ華奢な身体を、自分の卑怯な弱さごと、だきしめてあげることしか。

「すきだ、タマキ。本当に、あいしてんだよ…っ」
「ん…」

血でもはくような苦い告白は、一体誰のものとしてタマキに届いたんだろう。

次第に嗚咽は落ちついていき、やがて、ことんと糸が切れたようにタマキは眠りにおちる。そうして朝目が覚めたときには、何もかもスッカリ忘れちまうんだ。ほんとうに愛しているはずの、男の名前さえ。
「おはよ」といつものようにタマキがはにかむ、カゲミツも同じような顔で「おはよう」と返す。ああ、なんて幸せな悪夢だ!

そっと瞼に口づけると、長い睫毛が一度だけ、ふるりと揺れた。

この瞳は、眠っていても起きていても、もう悲しい夢しかうつせないんだ。他ならぬ、カゲミツ自身のせいで。

「…ごめんな、タマキ」

夢ってのはあまりに残酷で。
それでも、夢みることさえ許されなくなるくらいなら。


「許してくれなくて、いいから」


こうしていつまでだって、悪夢に溺れたままでいてくれ。…いさせてくれ。







★記憶をなくしたままカゲミツとくっついた場合
どうしてこんな不幸になった

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