▼キヨヒカタマ



タマキはキヨタカを愛している。
いつからかは自分でもハッキリしないけど、最初から憧れで、理想の男だった。そんなひとがいつもさりげなく自分を支えてくれてるのを自覚した時、性別も越えすっかり心まで奪われてしまったのだ。

キヨタカもタマキを可愛いがり、二人は自然と関係を持った。隊長との行為はとろけるように甘く…けど、いつも、後にそっと苦さを残していった。仲が深まれば深まるほどに、タマキの苦しみも大きくなる。

…だって隊長には、ちゃんと想い合う恋人がいるから。
それが、タマキにとっても大事な仲間だから。

こんな関係、続けていいハズがない。けど、自分から隊長と別れるなんてできない。そこまで俺は強くない…。

苦しんだ末に、この関係をバラしてしまおうと心に決めた。他ならぬ一番の被害者は、隊長のれっきとした恋人、ヒカルだから。ヒカルに、全てを終わらせてもらおう。

その決意を隊長に告げたとき、少し考える仕草をしたあと、「わかった。俺も行く」と言ってくれた。こうして、3人は対峙することになったのだ。


「俺……隊長と、寝た」


直接的なタマキの言葉に、ヒカルが息をのんだ。

とたんに、タマキの息がくるしくなる。ヒカルを傷つけたいわけじゃない。けど、そんなのただのエゴにすぎない。今タマキがヒカルに見せられる誠意は、正直になることだけ。

「ごめん、ヒカル…。許されることじゃないってわかってる。けど、どうしても、諦めきれなかった」

隊長が、すきなんだ。

顔を歪めて告白するタマキの肩に、キヨタカの手がそっと乗る。その優しさがよけい苦しかった。やめて下さい、あなたが優しくする相手は、俺じゃない…。

3人の間に、重い沈黙がおりる。はじめにそれを破ったのは、ヒカルだった。

…はあああ。

あまりに大きく長いタメ息。タマキはびくりと肩を震えさせてしまう。

「…薄々、そうじゃねーかとは思ってたけど。まさかタマキがね」
「ごめん、ヒカル…なんて言えば…」
「どうせ、キヨタカがたぶらかしたんだろ?タマキって純そうだし」
「ちが、隊長は…!俺の気持ちに付き合ってくれてただけで…」
「いいって。無理にかばわなくって」

ああ、怒ってるよな。そんなの至極当然だ。これでヒカルに恨まれて、もしリーダーの座をおわれることになったとしても、俺は…

「…ま、仕方ねーか」
「は?」

なんだろう…いま、ヒカルの口から何か信じられないような台詞が聞こえた気がする。

「……そ、それだけ?いいのか?」

一瞬だけちらりと言葉に尽くしがたい表情を浮かべたヒカルは、長い襟足を弄りながら、うろんな目を件の色男に注ぐ。

「いいも悪いも、なっちまったもんはね。…こいつは昔っからこういう、どうしよーもねー奴だし」
「何だヒカル。聞き捨てならないな」
「事実だろ?言い逃れできるならしてみろっつの」

隊長に向かい、べ、と舌を出すヒカル。思っていたよりずっとあっさりした態度に、戸惑ってしまう。もっと、怒るとか悲しむとか詰るとか、ないのか?俺は、当然ヒカルに殴られる覚悟だったのに。

困って思わず隊長を流し見ると、いつもの余裕たっぷりの笑みに出くわした。こんな時さえやっぱり文句なしに男前なのは、なんだか反則だ。

「…あーあ。どうしてこんなのに惚れちまうのかな。なあタマキ?」
「へ、あ、ああ」

いつもと変わらないヒカルの態度は、タマキには救いだけど。自分にはない繋がりの深さを見せつけられたようで、つらくもなる。

ほんと俺って、どこまで自己中心的なんだ。この二人の間に横入りしようなんて、やっぱり間違ってるんじゃないか?ホントなら俺は、大人しく身を引くべきで…

「…けどまあ、タマキならいーよ。俺も好きだし」
「え?」

とっぷり沈みかけたタマキの思考を、あっけらかんとしたヒカルの声が掬い上げた。一転して、いつもの悪戯っぽく楽しそうな顔のヒカルだ。切り換えの早さはヒカルいいところだけど…それにしても。

「好き?え?」
「気に食わねえけど、俺もどっちかってと、キヨタカ側の人間なのかな」

…隊長側?それ、どういう意味?

訳がわからぬまま、いつも魔法のようにキーボードを踊る細長い指が、タマキの腕に絡まった。よく知る彼の手とはまるで違った感触に、背筋をぞくっとしたものがかけあがる。

「…ヒカル?」

訝しげな顔でことりと首を傾げると、目の前の彼は含みのある声で問う。

「タマキは俺が嫌い?」
「まさか!」
「そ。よかった」

にこっと笑ったヒカルに突然腕をひかれ、状況をなんにも飲み込めないまま、唇が重ねられていた。

「!ヒカ…ん、う…っ」

すぐに入りこんできた舌に、ひっこんでいた舌を絡めとられる。いかにもヒカルらしい、悪戯っ子のようなキス。けど、子供というにはあまりに巧妙で、手慣れている。たぶん、隊長と比べても遜色ないほどに。

「は…ぁ…」

じっくりと唇を堪能され、やっと解放されたときには、息も絶え絶えで。情けなく腰が抜け、その場に崩れそうになった。

「おっと」

すんでのところで、隊長の大きな手が引き寄せて支えてくれる。こんなとんでもない状況でもいつも通りで、楽しそうにヒカルに笑いかけた。

「随分見せつけてくれるじゃないか、ヒカル」
「まあね。あんた仕込みですから」
「そうか。お前のことだ、こうなるんじゃないかとは思っていたが…」
「…なに?何か文句でもある訳?」
「文句はないが…、ちょっと、妬けるな」

タマキの腰を支える手の片方がヒカルに伸び、親指でつ、と頬をなぞった。そのあまりにセクシャルな触り方にタマキは思わず赤面したが、ヒカルは嫌そうにぺちりとその手を叩き落とした。…耐性の差、だろうか。

「バーカ、どの口がそんなこと言うんだっつの。なあ、タマキ」

ぼんやりしていたら、ヒカルの両手で顔をすくわれる。

「…ごめんな。キヨタカはあげられねーよ。あんなでも、やっぱり俺も好きだからさ」
「ヒカル…」

「けど、安心しろよ。あいつの愛が半分でも、残り半分は、俺が愛してやるから」

微笑む顔には、タマキへのいとしさとにくしみが、驚くようなバランスで同居していて。

「だ、そうだ。よかったな、タマキ」

間おかず、耳元からは低く落ち着いた声が流れこむ。



「だから、タマキも」

「俺たちを愛して?」






…ああ、厄介なのに捕われてしまったと思った。

目前と背後、この、おそろしく魅惑的で、はた迷惑なカップルたちに。











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