▼DC2・トキタマ



ときどき、失くした記憶のことをぐるぐる考えて、眠れなくなる夜がある。
タマキは絡まる思考を休ませようと、キッチンに来ていた。忘れてしまった大事な何か。必死になって近付こうとすればするほど、遠ざかる気がするのはどうしてだろう。

ふう、と重いため息を吐いたとき、

「タマキ?まだ起きてたのか?」
「!」

突然背後から、声。びくりと振り返ると、見慣れた同居人の姿があった。

「なんだ、トキオか…。い、いきなり話しかけるなよ。びっくりしただろ」
「あー、悪い」

職業柄かもしれないが、気配を消すのはやめてほしい。いくら一緒に住んでいるとはいえ、こんな深夜に顔を合わせるとは思わなかったから。ラフな格好でそこに立つトキオは、いつもよりすこし、疲れているように思えた。

「なに、眠れない?」
「ん、ちょっと寝付きが悪くて。…トキオこそ、もしかして今まで仕事だったのか?」

そういえば、報告書とかなんとか、仕事を持ち帰ったって言ってたっけ。

「まあそんなトコ。けど流石にもう寝るかな」

肩をすくめたトキオが「水でいい?」と問うので頷くと、冷蔵庫からペットボトルを一本投げてくれた。
ほどよく冷えたミネラルウォーターが、心地よく渇いた喉を潤してくれる。

「俺にも頂戴、」

いつのまにか、すぐ目の前にトキオがいた。欲しいならもう一本取ればいいのにと思いながらも黙って手渡すと、男らしく残りを一気にあおる。

たくましい喉仏が上下するのになんとなく目を奪われていると、手の甲で口元をぬぐったトキオが、にやりと意味ありげに笑った。

「そんなに熱っぽく見られると、照れるな。俺との間接キス、そんなに嬉しい?」
「ばっ…!」

ばかなこと言うなよ!
顔を赤くするタマキに、悪ノリしたトキオは、楽しそうな顔でもっと馬鹿なことを言ってくる。

「タマキになら、間接じゃなくてもいいけどね。こう見えて俺、結構上手いらしいから」
「おまえなぁ、そういう冗談、いい加減に…」
「冗談じゃなかったらいいのか?」
「え?」

空になったペットを置き、カウンタに手をついたトキオは、近距離からタマキの顔を覗きこんだ。身長差のせいで随分上から見下ろしてくる目が、ゆるりと細まる。暗闇の中に浮かぶ、どこか異国めいた妖しい雰囲気のむらさきいろ。結んだ髪がさらりと首筋を滑っていくのがやけに色っぽくて、ドキリとする。

「ト、トキオ…」

近付いてくる整った顔を正視できずに、吐息のかかる位置でタマキはぎゅっと目を閉じた。

キ、キスされる…!

「なあんて、ね」

けろりとした声が耳に届いた。耳元でくすくす笑いながら、どこにも触れることなく離れていく。どうやらまた、この男に遊ばれたらしい…。

「ははっ。ホントお前、からかいがいあるよなぁ」
「う、うるさいっ!」

からかうように唇の端をあげているのは、いつものトキオだ。あんなことでドキドキした自分が馬鹿みたいだし、信じられない。

「もう寝る!」
「はは、寂しいなら添い寝してやろうか?」
「いらないっ。いいからお前もさっさと寝ろよ」
「ああ、そうするよ。あ、そうだ、タマキ」
「なんだよ、これ以上…」

不意に、思いもしなかった真剣なまなざしにぶつかって、ドキリと心臓が跳ねた。

「これ、俺の持論なんだけどさ。世の中には、知らないでいた方がいいことって、いっぱいあるぜ」
「なんだよ、それ」
「うん?なんか思いつめたような顔してたからさ」
「っ、」

その言い方がやけに優しくて、思わず顔が歪む。そうやって何もかもお見通しかよ。ほんとお前ってズルイよな。
ぎゅう、と知らず知らず拳に力がこもる。例えそうだとしても、いまの平凡な幸せを壊すことになっても、俺は…

「…そんな顔するなよ」
「え?」

くい、と俯いた顎を持ち上げられた。…瞬きする間もないくらい、不意打ちの、掠めるようなキス。
あとから考えたら、あれは夢だったんじゃないかと思うくらい。

「おやすみ。いい夢みろよ」

ぼんやりするタマキが我に返ったときにはもう、ひらひらと気障に片手をふる背中は見えなくなっていた。

足から力が抜けて、ずるずるとキッチンの床にしゃがみこんでしまう。情けないくらい、顔が熱い。そっと唇に触れた指先からじんじんと熱が広がるようで、タマキは頭を抱えた。

「なんなんだよ、ばか…」

また、悩みの種が増えてしまった。



『世の中には、知らないでいた方がいいことって、いっぱいあるぜ』


いつもふざけてる癖に、不意に真面目ぶったり。散々人をからかったと思ったら、本当にキスしてきたり。お前が何を考えてるのか、俺には全然わからないよ、トキオ。それともこれも、知る必要のないことだっていうのか?







★トキタマは駆け引きめいてるのがいいよね

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -