訳もわからぬまま、あれやこれやと警官がやってきて、すっかり大人しくなった男たちを連行していった。ご協力感謝しますとカゲミツにまで頭を下げられても、頭上の?マークは増えるばかり。

結局、彼とふたりきり、元の路地にぽつんと取り残される。

「な、なんなんだ、今の…」
「さっきの奴ら、ここらで覚醒剤の売人やってる常習犯なんだ。子供相手にも売るって、だいぶタチ悪いので有名で」

運良く現行犯逮捕できて良かった。にっこり彼が笑って、「まあ、ガキに間違えられたのは、ちょっと悔しかったけど」と、少し拗ねたような口調で付けたす。

改めてまじまじ見てみるけど、やっぱり人形のような顔立ちで、下手すれば女の子にも見えてしまう。

ていうかどう見ても中高生くらいにしか見えないのに、ひょっとして、年上だったりするのか…?

「ごめんな。面倒に巻きこんじゃって」

とつぜん謝られて、はっと我に返る。

なんであんたが謝る?売人がどうのこうのとか、さっきの踵落としとか。やっぱり、どう考えてもフツーじゃない…よな。結局、絡まれていたように見えたのも、ただの早とちりだったらしい。

「そんなキレーな顔に、ケガまでさしちゃったし…」

その申し訳なさそうな顔に、高揚していた気持ちが、すっと冷めていく。なんだよ俺…一人で先走って馬鹿みてえ。結局俺の助けなんていらなかったんだな。やっぱり、慣れないことはしてみるもんじゃない。

「…ほっといてくれよ」

ぱしん。心配そうに差し伸ばされた手も、そっけなく弾いてしまう。

もういいだろ。やっぱり俺なんて要らない存在なんだ。これ以上構うなよ。

突然硬化したカゲミツの態度に一瞬面食らった顔をした彼が、きゅっと眉を潜める。

「ほっとけない」

確かに頬の傷は、かすり傷にしてもじくじくと痛んだ。それでも、これ以上彼の前で、惨めな思いをしたくない。

「…べつに。どうってことない」
「確かに縫う必要はなさそうだけど…、怪我を甘く見るのはよくない。あ、そうだ、ちょっと待って」

彼はポケットを探り、絆創膏を取り出した。フィルムを剥がし…まさか、貼ってくれようとしてるのか?そこまで面倒みられるとは思ってなくて、今度はコッチが面食らってしまう。

「い、いいって!」
「なに言ってんだよ。今はこれくらいしかできないけど…帰ったらちゃんと消毒してな」
「いっ…」

細い指が頬に触れてきて、何故かドキっとした。びくんと肩が跳ねたのに、「痛むのか?」と心配そうに眉を潜められる。

…え?

突然、ぐい、と整った顔がいっそう近付いてきた。訳もわからぬまま、背伸びした彼と、こつんと額同士が触れ合う。

「いたいのいたいのとんでいけ」

柔らかい響きは、まるで本当の魔法の呪文か何かみたいだった。信じられない近さで長い睫毛が震えるのを、カゲミツはぼんやりと見ていることしかできない。

やがてはっと我に返った彼は、真っ赤に染まった顔でろおろしはじめた。

「あ、ごめん!つい、癖で…恥ずかしい…」

慌てた彼が離れていってしまってからも、まるで耳の中にもう一つ心臓があるみたいにばくばくうるさい。カゲミツは、なんとか胡麻化すように鼻の頭をかいた。

「…ほ、本当に、大丈夫。結局俺、大して役にもたたなかったし」
「そんなことない!」

今度は真剣な表情で見上げられて、息をのむ。ころころ変わる表情から、何故か一時も、目がはなせない。

「赤の他人の俺の為に飛びこんできてくれたんだろ?ありがとう、嬉しかった」

そういって、本当に嬉しそうに、ふんわり笑うんだ。そこだけまるで花でも咲いたみたいに。

どこが人形だよ。こんな笑顔はみたことがない。そんなふうに笑うことのできる彼に、強烈な憧れと嫉妬と、カゲミツのしらない「何か」がぶわっと吹き出して身体が震えた。

なんだよこれ?

気付いたら、目の前の細い腕を掴んでいた。

「え?」
「な、なあ、あんたの…」

その時、カゲミツの言葉を遮るように呑気なメロディが響いた。あまりのタイミングに、思わずずっこけそうになった程だ。「ゴメン」とやんわり腕を振り払った彼が、慌てて携帯を取り出す。

「もしもし…あ、はい、申し訳ありませんっ!ちょっと取り込んでまして…。あ、ハイ、すぐに戻ります!」


「じゃあな!ホント、ありがと!」
「あ、ちょ、待っ…!」

電話を切った彼は、そのままバタバタと嵐のように去っていってしまった。ひきとめる間もありゃしない。結局名前も、彼が何者だったのかも聞けなかった。

「一体、なんだったんだ…」

ひとり取り残された路地裏で、すっかりとっぷり暮れた空と、ぼんやり浮かぶ白い月を見上げる。


けど、ここに来たときにはなかった感情が確かに芽生えていることに、カゲミツは気付いていた。

確かに、面白くない日常は、何も変わらないかもしれない。けど、自分から行動を移せば、明日には何かが変わるかもしれないのだ。

そうだ。明日学校にいったら、いつも何かとうるさく構ってくるあいつに、反応を返してやるのもいいかもしれない。それからー…


随分久しぶりに明るい表情で家路についたカゲミツを待っていたのは、フジナミ家没落、不祥事隠蔽という、見たくもない現実で。ほんの少し開きかけた心のドアは、またかたく閉じてしまうことになる。

数年後、そうとは知らず彼と再会するまでは。



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