自慢じゃないがカゲミツは耳がいい。物音の聞こえた方に聞き耳を立ててみると、どうやら数人の争う声。喧嘩か?

「…」

軽い好奇心で路地裏に入り、そっと気付かれないように様子を伺う。

「っ、!」

飛び込んできた光景に、一瞬、カゲミツは言葉を失ってしまった。

いかにも柄の悪いオニイサン数人…立場上、幼い頃から多々危ない目にあってきたカゲミツには、今更これくらいでビビるような可愛い気はない。それより、彼らに絡まれている、1人の少年のほうに目を奪われた。

(うわ……)

うんざりするほど人形扱いされてきたカゲミツでさえ、それこそ、よっぽど人形みたいだと思った。顔が小っちゃくて、えれー華奢で小柄で、目なんてまんまる。けど、目くじらを立てて男たちに食いかかる様子は、人形のような彼の容姿をとても人間らしく見せていた。

状況も忘れてしばらくぼんやり見とれていたことに気付き、はっとする。トラブルにわざわざ巻き込まれるなんて馬鹿だろう?さっさと踵を返して、知らないフリでここを立ち去るべきだ。

…けど、身長も低いし、(人のこと言えねーけど)あんなにひょろっこい子が、この場をうまく切り抜けられるんだろうか…。

男のゴツイ手が、無遠慮に細い腕を掴む。あ、危ない!

「や、やめろよ…!」

気が付いたら、勝手に身体が飛び出した後だった。人形のような彼が、大きな目を驚いたようにぱちくりさせる。けど、正直一番驚いたのはカゲミツ自身だ。

…何してるんだ、俺は?

けど、今更、後には引けない。もう、どうにでもなれと思う。

「…子供相手に寄ってたかって、卑怯だとは思わねえのかよ」
「はあ?」
「いや、…」

何故か少年が一瞬、複雑そうな顔をする。その微妙な間をついて、とつぜん男の一人が彼を突き飛ばし、カゲミツの方へと走り出した。

「あっ!待て…!」

カゲミツは、とっさに逃げる男の背後に回りこんで、手首を捻っていた。そのまま地面に押さえこむ。華族のカゲミツにとって、護身術は必要なたしなみのひとつだ。

遮二無二殴りかかってきた次の男の拳も、軽く受け流す。…と、目の端にきらりと光るものが掠めて、反射的に身体を捻っていた。

「ってぇッ」

なんとか避けれたけど、頬をちりちりとした熱が灼く。手の甲で擦れば、うっすら赤い跡が残った。…ちっ、ナイフまで持ち出すなんて。

「あんまり調子に乗んなよ兄ちゃん」
「くそ…」

形成逆転とばかり、刃物を弄りながらニヤニヤ笑う男に臍を噛む。どんな相手でも、凶器を持たれると厄介だ…。

「…卑怯モン」
「へへ。道を開けて貰おうか?」

そんなじりじりした緊張を破ったのは、カゲミツの隣をすりぬけていった、件の少年だった。

「え、ちょ、危なっ」

ナイフを持つ自分より何回りも大柄な男に、ひるむ様子もなく向かっていく。カゲミツが心配した通り、その態度に逆上した男の眉がひくひく跳ねた。

「よっぽど痛い目あいたいみてェだな、ガキィ…!」
「っあ…!」

両手でナイフを構えた男が、正面から少年に突進していく。ヤバイ、この距離じゃ間に合わない…!



「どいつもこいつも…」

え?

「俺はガキじゃない…っ!」


それは、目を反らすことを許さない、ほんの一瞬の出来事。小さな身体をいっぱいに使った、見事な踵落とし。まるでアクション映画でも見てるような。
叩き落とされたナイフは深々と地面に刺さっていて…うん、映画というよりもう漫画の域だな…。

なんだ、こいつ、一体何者!?

「わかったか?」

可愛いくも凄みのある笑顔でニッコリ微笑まれれば、男たちも黙って頷くしかない…。



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