▼コシタツ




最初にそれを知った時は、流石の村越もあっけにとられた。だって普通は考えられないだろう。

「…こんなとこ、よく住みますね」

選手としては先輩、チームでは監督、そしてプライベートでは恋人という肩書を持つ男が住むのは、村越にはすっかり慣れ親しんだここ、クラブハウスだった。

「何で?結構いい部屋じゃねえ?」
「…そういう問題じゃないでしょうが。クラブハウスに住む監督なんて聞いたことねえ」

まあ、この男に常識なんて問うのがいかに間違っているかは、昔から随分と思い知らされてはきたが。

入口につっ立ったままの村越に対し、件の非常識人は、いかにもくつろいだ様子でベッドに腰かけている。

「ハハ、その小言有里にも言われた」

なんか後藤も呆れてたし、やっぱ似てっよなあ。同じチームの奴らって。

うそぶく達海に、あんたが特別変わってるだけだとつっこみかけて、ふと、そのこげ茶の瞳が存外真面目ないろをしていることに気付く。

「けどさあ、わざわざアパートメント借りて貰うのも金かかんじゃん。ただでさえウチのチーム、金ねーし」
「…」

…チームのことを考えてるんだか、いないんだか。飄々とした態度から、村越にはときどき判断がつかない。
ただ、この男が、ETUを勝たせる気でいるのだけはわかる。そしてそれをただの夢想に終わらせるつもりは…村越にだって、さらさらない。

「…ならせめて片付けろ」
「えー。めんどいじゃん」

そう広くないリノニウムの床は、散らばった試合のDVDの類のせいでほとんど見えない。達海が陣取るであろうテレビ前のスペースが、かろうじて型抜きのように残っている以外は。

相変わらず、いい大人としての自覚はねえのか。大きなため息をひとつ、村越は、床に散らばったそれらを拾い始めた。もちろん、あれこれの愚痴は頭の中だけに留めて(どうせこの男には馬耳東風だ)。
黙々と片付けをすすめていると、しばらくじっと黙っていた達海が、おもむろに口を開いた。

「…村越のさあ」
「ああ?」
「奥さんになる人って可哀相だよな」

ばらばらばら。せっかく回収したDVDの山は、村越の手を離れて再び床に散らばってしまった。予想外の達海のことばに、村越は珍しく動揺していた。

「おーい、乱暴に扱うなよぉ。お前らが勝つ為の大事な武器なのに」
「…どういう意味だ?」
「今の?そのまんまの意味だけど」

その、そのまんま、が理解できないから聞いてるんだ。誰かと結婚する予定なんてある訳がないし、もしそうだとして、この男にそんなことを言われる理由がわからない。

「あーあ、機嫌悪くしちゃって。なに、予定でもあった?」
「ねーよ。ふざけてんのか、アンタ」

低くキツい声が出て、村越は、自分が思ったよりも不機嫌になっていることを自覚した。こんな戯れのような結婚話で動揺するほど、脆弱な心を持ったつもりはねえのに。…でかい図体で、煮えきらねえ奴だな。以前つきつけられた言葉が、思考の片隅をちらりとよぎる。ああ、なにもかも達海の言う通りだ。全くもって、気にいらない。

ますます鋭くなる村越の視線を気にするでもなく受け流し、達海は肩をすくめた。

「だってお前、すげーマメじゃん。部屋も綺麗だし、何でもいちいち細かいし、俺の部屋までそやって勝手に片付けるし。そんなん、奥さん立場ねえじゃん」

言ってることの意味はわかっても、やっぱりこの男の考えることは、村越には理解できなかった。だが、自分ばかりこんな言われ方をして、黙ってはいられない。

「…お互い様だ、監督。あんたの奥さんも間違いなく不幸になる」
「えー、なんで?俺の奥さんなんて、超働きがいあると思うけど」

「こんなむちゃくちゃな人間、普通の女には面倒見切れねえだろう」

呆れるほど自由奔放で、ちょっと目を離してるうちに、何をやらかすかわからない。それに、いつするりと自分の腕の中を抜け出していくのかも。

…言ってしまってから、まずいことを口走ったことに気付いた村越だったが、もう時既に遅し。小首を傾げる達海の顔は、悪態をつかれたにしてはやけに楽しそうだ。

「ふーん。じゃ、誰なら俺の面倒見てくれんの?」

舌打ちしたい気持ちになりながらも、その無言の誘いを断ち切ることが、村越にはできなかった。足元に散らばるものにはもう構わず、ベッドの前にまで辿りつく。

「それがお前の答え?村越、」

片膝を立てた達海は、意味深な表情で、村越を見上げていた。…一体どんな力が働いているというのか。自分を捕らえて離さないこの瞳から、どうしたって村越は逃げられない。何年も昔からずっと。

「…何のことかわからねえな」
「はっ。素直じゃねーなあ」
「あんたよりはマシだと思いますがね」
「ま、確かに俺たち捻くれモン同士、結婚なんかむいてねーよな」

村越がベッドに片手をつくとすぐ、達海の細い腕が、するりと太くたくましい首にからみつく。

そして可笑しそうに、耳元でねっとりと囁くのだ。

「嬉しそうじゃねえの、村越」
「…馬鹿が」

まったく、この男の、こういうところに腹がたつ。だが本当に一番腹立たしいのは、満更でもない俺自身、だ。

今度こそ短く舌打ちし、誘うように開いたタチの悪い唇に、苛立ちをぶつけるように噛み付いた。その余裕のなさにか、達海の瞳の奥がゆるりと笑みを描いた気がした。






▼タツコシっぽいなー
村越が敬語とタメ語まじりなのがたまらなく好きです

お題:水葬さま


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