▼星リク→ニノ



「…泣くなよ」

泣かれるのは苦手だ。女を慰めるのも得意じゃねえけど、男の慰め方なんかもっとわからない。

「泣いてない」

そんな、この世の全ての不幸を背負ったら背骨が折れました、みたいな猫背で体育座りしやがって。何を今更。

どうするか、伸ばした手は強い力で弾かれ、行き場を失ってしかたなく赤茶の髪をかく。
ピカピカの一等星だろ、そう言ってくれた彼女は去り、俺は星である理由を失ってしまった。たぶんこいつがリクルートである意味も。誰もあの子を止められなかった、彼女の恋人であるはずの男さえ。今の俺たちは、ただの無力な地球人だ。

「いい加減泣きやめって。…泣いたってニノが戻ってくる訳じゃねえだろ」

俺にしては優しげな声で言い含めたつもりが、聞きたくないというように、リクルートと呼ばれていた男は首を振った。こいつはまた、目の前の現実からただ目を背けようとしている。

「そんなに悲しいかよ」
「…お前は悲しくないのかよっ」

弾かれたように上がった顔、思った通り何かの小動物みたいに真っ赤な目。ぽろぽろと大きく透明な雫が雨みたいにこぼれていた。強く睨めつけられて初めに思ったのは、あの眼球を嘗めてみたいということだった。そして俺は迷わずそれを実行に移した。その顎を乱暴に固定して。

べろり。

どこか懐かしい、海の味がした。

「は、なせ…ッ!」

すぐに暴れだした男は、今度は怒りで顔まで真っ赤にして悲痛に叫ぶ。

ふざけるな。なんでお前はそうなんだ。お前は、お前は、あの子が、ニノさんが好きじゃなかったのか。

今更そんな顔でそんなことを言う男に、無性に腹が立った。そして何より、無性に悲しかった。

「…誰のせいだと思ってんだ」

ああそうだよ。彼女は大事な大事な、俺のたったひとつの太陽だった。それを奪ったのは、お前だリクルート。
お前がもっと強烈なひかりで目をくらませるから、俺は唯一の太陽を見失ってしまった。

「お前がいなけりゃ、」

俺は、たぶん今でも、あの子を想って泣けたのに。

自分でもおかしいとは思う。ニノがこの河川敷を去ったのは悲しいことなのに、頭では理解してるのに、今心の中を支配するのは確かに仄暗い喜びだ。

ああ、これで。
手に入らないと諦めていたモノが。
やっと。

この感情は、この河川敷の住人としては間違ってるが、たぶん一人の地球人としては、ひどく正しい。


「お前、本当はわかってんだろ。俺はお前が」
「…うるさい!うるさい!全部俺が悪いんだ。おれが、このおれが、不甲斐ないせいで、お前はおかしなこと言うし、ニノさんが…」

泣きじゃくりながら俺の胸をドンドン叩く拳が、そうやってぜんぶ後悔で塗り潰そうとするのが、けどほんとは誰かに縋りつきたくてしかたないその弱い力が、おかしくて俺は笑い出しそうになった。

お前が、もっと自分を責められたがってるのはわかってる。さぞ楽だろうな。誰かが詰ってくれりゃいつまでも悲劇の主人公でいられるし、自分の内なる声を聞かなくて済む。

それなら俺は。

「俺はお前を一生許さねえよ」

俯く首にするりと腕を回し、冷たい言葉とは裏腹に、優しく甘く、ゆっくりと心のすきまに忍び込むような声でささやく。



お前が望むなら、一生こうして、お前を責め続けてやるから。だから、なあはやく、俺の手の中におちてこいよ。

どうしたってお前は、俺とおなじ、ただの哀しい地球人だろ。






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