▼ゴト→タツ



ずっと、あの目が見ている先を知りたかった。


・・・たとえば1点を追うロスタイムとか、絶対に外せないフリーキックだとか。
そういう追いつめられた状況ほど、達海の目は俺たちには見えない何かを見すえて、いきいき輝き出す。

選手もサポーターもフロントも諦めの色に染まる中、あいつ一人が笑うのだ。敵にとっちゃ最高にふてぶてしく腹立たしい、けど、味方だったなら最高に頼りになるあの笑顔で。
そういう時、必ずあいつは何かを起こしてくれる。あいつが言うところの・・・"Giant Killing"とやらを。

俺は現役時代からずっと、ただ知りたかったのだ。あの男に見えて、俺には見えない何かを。





グランドに出ると、すぐに選手たちの熱の篭ったかけ声が耳に飛び込んできた。これを聞くといつも、後藤自身の気も引き締まる気がする。
今日はまた、一段とよく声が出てるな。最近は特にそう感じることが多い。今年のETUは、今までとは違う・・・これもその一つの証だろうか。年中青い芝の上に立つと、練習に精をだす選手たちと、それを見守るあの背中が見えた。

「達海」
「あー、後藤?」

振り返りもせずに、のんびりした声が帰ってくる。仮にもGMに対しこんな態度をとれる監督は、達海くらいのものだろう。長い付き合いの後藤がそれを咎める筈はないし、むしろ信頼の裏返しのようでくすぐったいけれど。

一瞬眩しそうにその背中を眺め、やがてゆっくりと、肩を並べる位置まで歩きだす。

「・・・なんか、まだ実感がわかないな」
「どしたの後藤。俺がまた、お前と一緒にこのチームにいるの、そんな不思議か?」

少年のようでいて思慮深い目が、ちらっと後藤を仰いだ。

「いや。そうじゃなくて・・・」

達海が帰ってきたことよりも、彼とずっと離れていたことの方が、まるで長い夢をみていたようで。そのくらい、後藤にとって達海の存在は、あって当然のものだったのだ。・・・離れて気付くこともあるもんだと、後藤は内心ひっそり苦笑した。

「・・・あの達海が監督だもんなあ」
「お前が連れてきたんだろ?・・・俺、お前にはとっくに忘れられてると思ってたのに」
「はぁ!?何言ってるんだ、俺がお前を忘れられる訳ないだろ!」

達海が突拍子もないことを言うもんだから、思わずらしくない大声が出た。すぐに、自分がかなり恥ずかしいことを叫んだことに気付き、慌てて声を潜める。何人かの選手の視線を集めてしまったが、気付かないフリをしよう・・・。

「どうしてそうなるかな、達海・・・。同じチームでプレーした仲じゃないか」

本当は後藤にとって達海はそれだけで片付けられる存在ではないのだが、ここで深く言うような話でもない。

「だって、あっちからハガキ出しても返事来ねぇしさ〜」
「住所も書かずによく言うよ・・・お前を探し当てるのかどれだけ大変だったか・・・」
「えー、そうだっけ?」

首を傾げる達海に呆れながらも、達海らしい、とも思う。こいつは何も変わらない。共にETUの背番号を背負っていたあの頃から。

「・・・日本にはもう慣れたか?」
「ん〜、まあぼちぼち。俺の記憶より結構さみーのなー、日本って」

亀のように首を竦める姿に、思わずふき出しそうになる。寒いのなんてイングランドで慣れっこだろうに、寒がり暑がりの癖も変わらないらしい。

「心配するな。すぐに地獄のように暑くなるぞ」
「ゲ。最悪だ」
「まあまあ。どうせ試合になれば、暑さなんて忘れちまうだろ?」
「・・・あー。それもそうだな」

ニッと唇のはじをあげて笑う、覚えのあるその笑顔を見ていると、あの頃の感情がそのまま蘇ってくる。

そして改めて思うのだ。・・・ああ、ピッチの外に立ってもなお、コイツは俺たちに見えないものを見ているんだなと。

ほら、例えば。

「・・・椿は、いい選手になるな」
「椿?」

遠く駆け回る7番を指しながら、ここ数試合の予想もしなかった活躍を思い浮かべた。このチームで7番をつけ、ああいう才能の片鱗を見せつけられると、ゾクゾクしてしまう。今隣にいる男とはまるでタイプが違うのに、また何か起こしてくれるんじゃないかと、嫌でも期待してしまうのだ。

「さあ・・・どーかねぇ。まだまだアイツ次第だかんなぁ」
「そんな顔して、よく言うよ」
「俺、どんな顔してんの」
「楽しくて仕方ないって顔」
「ハハッ!」

俺は・・・いや、他の誰も、おそらくすぐには見出せなかった。あの輝きを。椿の才能を。達海がいなければ、ひょっとすると輝く前に埋もれてしまっていたかもしれない。

「ピッチを降りればもしかして、と思ってたが・・・」
「んー?」
「やっぱり、俺には見えないままなんだな」
「何の話?」

「お前の目に映る世界が、だよ」

ピッチを目で追っていた達海が顔を上げ、はじめて正面から後藤をみた。そう遠くない距離で、目と目があう。さあ、と二人の間を風が吹き抜けて、達海の寝癖が残る髪を遊ばせていった。いつもの飄々とした顔で、達海は何を思うんだろう。

「相変わらず、難しいこと考えるよなー。お前って」

・・・うん、そうだよなぁ。この男にかかれば、自分の思考回路なんてこんなモンだ。

「いいじゃねーの、それで。結構結構。みんなで同じトコ見てちゃ、フットボールなんかできないからね」
「達海・・・」
「後藤は、難しいコト考えないで、今も昔も同じモン見えてりゃそれでいーよ」
「・・・同じもんって?」

立てた親指を後藤の胸に当て、ニヤリと意地悪そうな目をして笑う。確信めいた笑顔だ。

「なに?俺だって、後藤の見てるモンなんか分かんねーよ」
「・・・敵わないな」

俺が見ているものなんて、結局、今も昔も変わらず一つだけだ。それを知ってそうやってトボけるんだから、ずるい奴だよお前は。

苦笑する後藤を一通り楽しそうにからかったあと、達海はふいに表情を引き締め、パンと手を叩いた。

「おーし。みんな集ー合!」

声を張りながらコートへと歩んでいく背中を、後藤は目だけで追う。


達海。お前が見ている世界は、やっぱり俺には見えないらしい。お前はETUの7番じゃなくなっても、今度は監督達海猛にしか見えないモノを見て、まだ誰も知らない未来さえ、その瞳の中に映しているに違いない。


ふいに、その背中が記憶の中にある姿に重なる。


その背中は時々後藤を振り返り、ニッと不敵に笑うのだ。みてろよ、後藤。今から、すげー面白いコトが起きるから。まるでそうでも言うように。


・・・やはり自分は、あの背中を追い続けるんだろうなと思った。達海の言葉通り、昔も今も、たぶんこの先も変わらずにずっと。





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