▼星リク星・リクが変人



当たり前のはなしだが、俺の頭にはそれはそれは優秀な脳がつまっている。大脳小脳脳幹。かたい頭蓋骨に覆われた命のゼリー。個人差はあれど、人間誰でも、迷路みたいに入り組んだ手の平大の宇宙を飼っているのだ。

なら、星の中身は何?俺たちの宇宙の中でぽつんと輝くだけの星は、いったい何でできているんだろう?

ちょうど、手の届くところにひとつ星があったので、とりあえず思いっきり噛んでみた。

「…おい、リク。何がしたい?」
「……やっぱ、違うな」

見ためよりもざらざらしたウレタンの塊は、固いような柔らかいような何ともいえない反発がある。味はしない。違う、俺が知りたいのはこんなんじゃない。

「マスク脱げよ」
「あァ?」
「いいから早く」
「…なんでお前に命令されなきゃならねーんだよ」
「星さまお願いします。これでいいだろ。どうせ俺しか見てないし」

星のワゴンに俺たち以外の誰かが入ってくることはない。星はしばらくぶつぶつ文句を言っていたが、俺が意外と頑固なのは知っているので、渋々と二重になったマスクを外した。あらわれた赤茶の跳ねっ毛に、いざ、がぶり。

「いっ、てェェ!だから、なんで噛むんだよ!自慢の髪が禿げたらどーしてくれる!」
「心配するなよ。そんな馬鹿な色に染めてたら、ほっといてもそのうち禿げるから」
「ンだと?…あ、おいコラ」

懲りずに今度はかじ、かじ、と弱めに甘噛みしてみた。固い毛先が触れてくすぐったいのと、歯の先がかたい頭蓋骨の形を認識したのと、あとはちょっとしょっぱい塩の味と、ワックスか何かの薬品っぽい味がした。

「いい加減にしろよリク。人の頭かじって何が楽しい?腹でも減ってんのかよ」
「うん。減ってる」
「は?」

「…お前に欲情してんの」

かじ、ともう一度てっぺんのつむじに噛み付いて、それからその場所にキスを落とした。
この星の中身と味を知っているのは、たぶん世界中で俺だけだから。それは結構、気分がいいものだ。


フェルマーの最終定理でも解くみたいに難しい顔をした星は、「お前って時々ホント訳わっかんねーよな」とため息まじりに呟いた。すぐに伸びてきた長い指がしゅるりと俺のネクタイをといたので、ニッコリ笑って「うるさいばあか」と悪態をつくのが、いつもの俺たちの愛の確かめ方だ。




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