▼徹夏




まるで俗世に忘れられたような外場にも、春が来れば、巣立つ人もいれば、また新しくやってくる人もいる。

おそらく人生最後の制服姿に身を包んだ武藤徹は、目当ての人物を見つけると、片手に黒い筒を掲げてみせた。ふにゃりと破顔しながら。




桜並木なんて洒落たものは、ここらにはない。すぐ近くに見えない春の気配を感じながら、そんな、いかにも出来すぎた演出がなくてよかったと、夏野は内心で思った。


「おめでとうって言ってくれないのか?」
「そんなの、散々言われただろ」
「夏野の口から聞きたいの」

年上の癖に、唇を尖らせて我が儘を言う男を見上げる。

「……狡い」

こぼれたのは、望まれたのとは違った言葉。

「ずるい?」
「だってそうだろ。アンタが先に卒業するのも、働き始めるのも、…勝手に一人で出ていくのも…」

違う、と唇を噛んだ。こんな子供っぽい、恨み言じみた言い方するつもりじゃなかった。早く親の庇護から抜け出して、さっさとこんな村を出たい。それを、一足先にやってのけるのが羨ましい。…そういうことが言いたかった筈なのに、これじゃあ、まるで。

「ごめん、いまのは」
「……やっと、本音言ってくれたな」

ふいに、肩を掴まれた。と思うと、グイッと強い力で引かれて、習慣か反射か、目をつむってしまう。

そんな自分を少しだけ悔しく思っていたら、ふってきたのは、予想とは少し違うぬくもりだった。こつん、と控えめな音を立てて額どうしが触れ合う。

「俺が夏野に勝てるのなんて、年齢くらいだろ」

目を開くと、栗色の瞳が、柔らかに包みこむように夏野をうつしていた。

「頭も良くないから大学にも行けんし、運動だって夏野のが得意だし、あっち行って仕事もうまくやれるか分からん。都会は不慣れだからなあ」
「……」

言葉の割に、特別不安そうでもない呑気そうな声で。だから許せ、と喉を鳴らして笑う。

「2年なんてな、その先のなっがーい人生考えるとあっというまだぞ」

根拠なんてどこにもない癖に、この人が言うとまるで本当にそんなような気がしてくるのが、いつも夏野には不思議だった。


「待ってる、夏野」


くしゃ、と頭のてっぺんを掻き混ぜられた。この長い、短い、この村で過ごしてきた時間とともにあった、いつもの仕草で。
だから、それを邪険に払うところまでが、夏野の仕事だ。


「…勝手に待ってろよ。待ちくたびれても知らないからな」
「待ちくたびれたら、そこで夏野充電するから大丈夫だ」
「……」
「…そんな、残念なもの見る目で見てくれるな。本気なのに…」


特別な意味を持つ日でも、二人に流れるのは、どこまでも普段通りの空気。

本当に勝てないのは俺の方だ、と、夏野は音には出さずに呟いた。一生、隣に並ぶ人に教えてやる気はないけど。









★徹ちゃんは外場出なそうですが。
ゆくゆくは都会に出る夏野の為に、先に都会に就職してても萌える


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