▼リクの独白
俺にとって世界とは、答えが用意された簡単な問題と一緒だった。生まれた時から、正しい解答を導くための術を全て持ち備えていたから。
考えてみれば、これまで思い通りにことが進まなかったことなんてない。
たとえば高校の修学旅行。行き先はカナダでスキーと決まっていたが、寒いのが苦手な上一度コアラを抱いてみたかった俺が、裏から手を回して、結局オーストラリアに一週間行くことになった。コアラは思ったより獰猛で、堪え難い臭いがしたけど。
勉強も、仕事も、いつも面白いほどうまくいった。周りはみんな自分の思う通りに動いたし、もちろん誰も、俺に文句を言う人間なんていない。俺の生きる世界は、いつだってひとりで完成していた。そうあるべきだと教えられてきた。
だから俺は、世界がほんとうは不完全なものであることに、長い間気付かなかった。いつのまにか、ひとりであることに傲慢だったんだ。
この荒川の橋の下はめちゃくちゃだ。今まで苦労してひとつずつ積み上げた常識というものが、何ひとつ通用しない。彼らはこの社会で生きていくにはみんな少しずつ何かが足りなくて、その凹凸を、隣の誰かとなんとかうまく補い合いながら生きている。
はじめは、ただ俺とは違う人たちなんだと思った。けど、それは酷い思い違いだった。
『お前はリクルートだ。それ以上でも、以下でもない』
美しい金星人が、美しい青い目をほんの少し細めて言う。そうして俺ははじめて、自分が市ノ宮行という肩書以外、何ひとつ持たないことを知った。彼女が2年3組の金星人である以外、何者でもないように。
世界には、一人でできることよりも、できないことの方がずっと多い。俺たちは、ただ生きているだけでそこに在る意味なんて見出だせない、かなしい生き物だ。だからこそ、欠陥だらけで満ち足りない自分を晒け出すことも、欠けたピースを少しでも埋めてくれる相手を探すことも、やめられない。
・・・遠い昔から、たぶん人はそれを愛と呼ぶんだ。