▼屍鬼徹と恵・献花中




「…ふうん。毎晩抜け出してどこほっつき歩いてるのかと思ったら。そんなことしてたのね」

びくん。男の背中がみっともなく揺れるのを、私は冷静に観察していた。

ひとつ言っておくと、私はこいつが嫌い。大嫌い。一応は仲間ってことになるけど、そんな風に思ったこともない。遊び甲斐虐め甲斐があるらしく、辰巳さんは気に入ってるみたいだけど。

「…清水」

こちら側に染まりきらず。かといって拒絶する勇気もなく。人殺しを恐れて泣いて。かといって欲望には打ち勝てず。

そんなふらふらした半端者、武藤徹。ああそういえば、血もまずかったわ。

「ずるいわよねェ、ちょっと辰巳さんのお気に入りだからって、美味しいとこどり。あんだけやりたくないとか言って、結局あっさり殺しちゃったじゃない」
「……」
「ねえ、結城くんの血、美味しかった?吸血の時って、彼どんな顔するの?最期は何か言っていた?」
「やめろ!」

掠れた悲鳴。震える肩。掌から滑り落ちていく一輪の花。…いつまで人間気取りなのかしら。

「馬っ鹿みたい」

綺麗に並べられた花のひとつを、ヒールでぐりぐり踏み潰してやった。

「こんなことするくらいなら、最初っから殺さなきゃいいじゃない」
「…おまえになにがわかる」

伸びてきた冷たい手が、乱暴に私の喉元を掴んで壁に抑えつけた。

「何がわかるっていうんだ!俺の、俺たちの、何が…ッ!」

目の前でぎらぎらと輝く、あかい瞳。怒り、憎しみ、哀しみ、苦しみ…負の感情で歪んだ顔。

腹の底からひややかな笑いが込み上げるのを抑えられない。ほら、こいつ、こんな顔もできるじゃない。

私がこいつを嫌いなのは、何も私の結城くんを奪っていったからだけじゃない。そのずっと昔から。

「…離しなさいよ。レディに手挙げるなんて、"らしく"ないんじゃなぁい?ねえ、武藤徹」

たったそれくらいのことで、暗く燃えていた瞳が、ふっと揺らぐ。カッとなって、思い切りその手を振り払った。

…こいつの、こういう聖人君子ぶった態度がムカつくのよ。誰にでも優しくて、ちょっと抜けてるけど頼りになる、お兄ちゃん的存在?正雄あたりならそういうかもしれない。馬鹿ね。どんなに飾り立てたって人間の中身なんて結局同じ。トボけて誤魔化してみせるか否かの違い。あの花だって結局、自分が許されたいだけ。自分の心を慰めたいだけ。こんな奴が結城くんを騙して、のうのうと側にいたなんて許せなかった。

ああ、さっきの顔、結城くんにも見せてあげたい。

「ええ、わっかんないわよ。あんたみたいな偽善者の考えることはね」

散った花びらをつま先で蹴飛ばせば、あっけなく夜の闇にとけていく。
こんなもの何になるっていうのよ。罪がなかったことになるとでも?

結局。あんたが。あんたの意思で。じぶんのために。彼を殺したのよ。


「もし結城くんが起き上がったら…ううん、きっと起き上がるわ。だって。彼は特別。選ばれた人間だもの」

ああ話すうちに、自分でもうっとりとしてきちゃった。

早く会いたいわ、結城くん。そうしたら、あの凛とした真っ直ぐな目が、軽蔑や憎悪に染まってこいつを射抜くのね。想像するだけで、背筋がぞくぞくする。

その視線に断罪されて、もう一度死んでしまえば。あんたには勿体ないくらい、幸せな死に方でしょう?













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