▼徹夏・ほのぼの・短め
キンモクセイが鼻をくすぐる、秋の日のこと。武藤家長男の部屋には、相変わらずの光景があった。徹ちゃんは買ったばかりのゲームに励んで、俺はベッドの上でぱらぱら雑誌をめくっている。ふと、何気なく目に入った後ろ姿に、あることに気がついた。
…つむじ、2つだ。だからあんなに髪があちこち跳ねてんのかな。
「…徹ちゃんて、つむじ二つあんだね」
「んー?そうなのか?」
「ああ」
気付いてなかったのか。まあまあ背がある方だから、あんまり人に見下ろされることがないのかもしれない。かくいう俺も、並んで立つと見えないから今まで気付かなかったし。
…そう思うと、そんな些細な発見に、変にこそばゆい気分になる。特権というか特別というか、なんか。自分でも馬鹿馬鹿しいとは思うけど。
「つむじが二つある人って、頑固とか、ひねくれてるとか、手がかかるとかいうよな」
「……夏野ばっかりずるいぞ」
「え、ちょ!」
いつのまにかテレビ画面は暗くなっていた。何がずるいのか知らないが、ベッドに膝立ちしてきた徹ちゃんにぎゅうぎゅう抱きすくめられる。一気に見下ろされる形に逆転。そのまま指先でさわさわ髪を探られて、くすぐったさに俺がもがくのもお構いなしだ。
「ヤメロって…!」
「お。なつのくんのつむじはっけーん。あれ、何だ、夏野も二つあるぞ」
「え…まじで?」
知らなかった。こういうのって、自分ではなかなか気がつかないものなのか…。
「夏野は捻くれてて、頑固で、手がかかるのか。ふむふむ」
どれも自覚がないでもないだけに、反論できない。
「…悪かったな。けど、出世するとか大物になるとかもいうし…」
「ほお。俺、出世すんのかー」
あ、そういうことになるのか。何か言いくるめられた気がして悔しい。むすっと黙りこんでいると、くすくすと、やけに楽しそうな声がふってくる。
「…知ってるか、夏野?二つつむじ同士はな、相性がいいんだぞ」
「はあ?んなのは聞いたことな…」
ちゅ、頭のてっぺんに、軽くて柔らかくて温かい感触。
「ほら。俺たちが証拠」
「……」
何寒いこと言ってんのとか恥ずかしいことすんなとか。浮かんだ悪態は、口に上る前にふわふわした空気に溶かされてしまった。
…悔しいけど、やっぱりこの人、大物なのかもしれない。出世するかどうかは知らないけど。
(…あ。あと、頭いいか、大馬鹿か、どっちかだって言うよな)
(夏野よ……なにがいいたい)