▼カゲタマ





「…なあにしてんだろ、俺」

重いため息をひとつ。
掌の中の小さなケースが、まるで鉛みたいに重い。


女じゃないのにとか、重くねえかなとか。うじうじ悩んで、ヒカルに尻蹴られてやっと買った指輪。デザインも散々迷って、男でも着けやすい、けどタマキの細い指にも似合いそうな華奢めのシルバーリングを選んだ。

実家を出る前は、もっと高価な贈物は周囲じゃ当たり前で。けど、本気で誰かにあげたいと思ったことなんかない。…たかが指輪ひとつにこんなに悩む日がくるとは、夢にも思わなかった。

いろいろシチュエーションも考えたけど、いざとなったらタイミング外したり、ビビったり、照れたり。…ホント俺、救えねえなって、今日は自分にため息ばっかだ。

「タマキ、もう帰っちまったよな…」
「呼んだ?」

独り言に、まさか返事が返ってくるとは!驚きすぎて手の中のモノを落としそうになった。慌ててポケットにしまって振り返ると、想い人がこてんと首を傾げている。

「タ、タマキ…まだ残ってたのか」
「もう帰るけど…カゲミツこそどした?帰んねえの?」
「あ、うん…」

…ちょっと待てよ。ひょっとしてこれ、神様がくれた最後で最高のチャンスってやつじゃないだろうか。

「タマキ!
あ、あのさ、今日この後って…」
「今日?あーごめん、今日はカナエに飯誘われててさ」
「は、はは…そっか」

デスヨネーとがっくり肩を落とす。
それにしても、よりによってカナエか…。チャンスどころか、どうやらとっくに神にも見放されていたらしい。

「ごめんな。何か大事な用だった?」
「いや、平気だよ。なんでもねえから…」

早くカナエのとこ、いってやれよ。

そう言って笑ってやれない、自分の心の狭さが嫌になる。そんな俺にも、タマキは心配そうな顔をしてくれて。

「なんでもないって顔してねーよ。今日、カゲミツちょっと様子おかしかったろ。明日とかで良かったら、おれ話聞くし…」

…俺の様子に気付いて、気にしてくれてたんだ。そう思うと、幸福な痛みでじんと胸がしめつけられた。

なんだろう、急に、うじうじ悩んでた自分が馬鹿馬鹿しくなる。

「タマキ!」
「うん?…わっ」

缶ジュースでも渡すみたいに、ぽいっと投げて渡して。ムードのかけらもないけど、俺にはこんなもんで丁度かもしれない。

「俺、これをずっと渡したくてさ。…それだけだから。あ、要らねぇなら突っ返してくれてもいいし」
「…プレゼント?けど俺、誕生日まだ先だぞ?」
「わかってる。ただ受けとって欲しかっただけ、俺の自己満だからさ。じゃ!」
「あ、まって!」

ポケットの中でぬくもった小さな箱は、無事タマキの手の中に収まった。それだけで十分なのに、呼び止められてしまった。

「中、みていい?」
「…え、あ、うん勿論」

包装の青いリボンが解かれていくにつれ、自然と緊張も高まっていく。

「これ…」
「…はは。やっぱ俺らしくないよな」

現れたものを見て、タマキが驚いた顔をしている。俺はもう照れ臭すぎて、早速こんなことをしたのを後悔し始めたときだった。

「…ありがとう。正直、びっくりしたけど、すげぇうれしいよ」

はにかんで、じんわり赤くそまった頬をかくタマキ。かあっと俺の顔にも血がのぼっていく。
タマキが喜んでくれた、ありがとうって笑ってくれた。

「…カゲミツがつけてくれねえの?」
「へ?」
「ん、」

ごくごく自然にさしだされた、俺の贈った指輪と、タマキの左手。時には武器だって持つ男の手なのに、いつだって俺を幸せにしてくれる。ごくんと大きく喉がなった。やばい、おれもう、いますぐ死んでもいいかも。

震える手でタマキの手をとって、ドキドキしながら薬指にそっと嵌めた。事前のリサーチのお陰で誂えたようにぴったりな銀色が、きらりと光る。

「…な。カゲミツも手、出して?」
「俺も?」

ふわふわした心地のまま右手を出すと、「違う、こっち」と左手をひっぱられた。わ、いま、タマキと手触れてる。それだけでまた胸を高鳴らせていたら、タマキは器用に、さっきのブルーのリボンを俺の薬指に巻き付けていく。最後はちょこんと、可愛らしいちょうちょ結び。

「いまはこんなのでゴメン。でも、俺にも……予約させて」
「そ、それって」

ちゅ。可愛らしい音を立てて、タマキが俺のリボンに軽いキスを落とした。

「…俺もう行かないと。じゃ、また明日な、カゲミツ!」

タマキも恥ずかしかったんだろうか、アラタばりの機敏さで、脱兎のごとく駆けていってしまった。


「…ばっか、タマキ…」

俺はもう耐え切れなくて、ずるずる床にしゃがみこんでしまう。多分馬鹿みたいに真っ赤だろう、手でおおった顔がめちゃくちゃ熱いから。左手で揺れるリボン。

こんなに俺を舞い上がらせてどうするんだよ…。

さっきは死んでもいいと思ったけど、撤回する。あんな可愛い生き物がいる限り、絶対意地でも這いつくばってでも、死んでやるもんか。








「お待たせ、カナエ!」
「いや、大丈夫だよ。あれ、タマキくん……顔、赤いよ?」
「え!?あ、いま走ってきたから、かな。ほら、いいからさっさと行くぞ」
「(その指…)……彼には無理だと踏んでたのに。悔しいなあ」
「ん?何か言ったか?」
「なんでも。…俺、今日ちょっとやけ酒したい気分なんだ。付き合ってね、タマキくん」
「へ…そうなの?」







★タマキ男前。カゲタマだったらプロポーズはタマキからかな、と(笑)
タマカゲっぽいけどカゲタマだよ!


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