「……で。あんたはその、俺が助けた犬だっていうのか」
「ほぉほ!ひょのほぉーひは(おお!そのとおりだ)」

俺は痛む頭を抱えていた。目の前には人の気もしらず、うまそうにナポリタンを頬張る男。いい大人なんだから一回で口に入れる量を考えろよ。
片や俺はコーヒーのみ。食欲なんかすっかり失せてしまった。

大学前でこれ以上目立ちたくなくて、行きつけの喫茶店まで男を引っ張ってきた。ちょっと狭いけど、コーヒーは本格的だしランチは安くてうまいし、マスターは変に構ってこない人で、居心地がいい店。そんな密かな"お気に入り"に、初めて連れてきたのが見知らぬ、それも自分を犬と言い張る男だなんて。

「はー。うまかった!」
「…犬は間違っても喋らないし、そんなもの食わないと思うけど」
「ん、今はちゃんと人間だぞ。ずーっとお願いしてたらな、"生き神様"が俺を人間にしてくれたんだ」
「……」

ああ、わかった。変質者でもストーカーでもない。…単に、頭がちょっとアレなんだ。

「…そういう話はあまり好きじゃないんだ。用がそれだけなら、俺は帰る」

もう、俺のことを知っていた訳もどうでもいいと思った。伝票を抜いて立ち上がろうとして、ぱしっと腕を捕まえられる。俺を見上げてくる、くりんとした、やけに澄んだ瞳。

「…夏野は、信じてくれないのか?」

はっと息を飲んだ。その透明な瞳に、幼い日の自分の姿が映った気がしたから。

確かに男が言う通り、俺は捨てられた子犬を拾って、しばらくの間育てたことがある。もうずっと昔の話だ。そして、そいつに俺がつけた名前も……

馬鹿なことをと頭を振る。まだ俺の腕を掴んだままの手を振り払った。

「そんなの、信じろって方が無茶だ。冗談の類ならもっとうまく言えよ…」
「うーん。確かに、信じてくれる人間は稀だって、神様も言ってたけどなぁ…」
「……帰るよ。あんたはゆっくりしてけばいい」
「待って」

さっさと帰ってしまえばいいのに、じっと見上げてくる瞳から、どうしてか目を離せない。

「俺、どうしても夏野に会いたくて、匂いだけを頼りにずっと探してたんだ。人間にして貰ってから、長いこと。やっと見つけたのに、もう会えないのか?」
「……」

真顔で危ないことを言う奴だと思う。絶対にふつうじゃないとも。
けど、怖いとか気味が悪いとか、そういうふうには思えないのは何故なんだろう…。


「……ウチ、来る?」

ため息まじりに聞き返してしまったのは、どこか寂しそうに濡れたその蜂蜜いろの瞳が、やっぱり俺の拾った"トール"に似ていたからかもしれない。


「いいのか!?夏野!」

また立ち上がって抱き着いて来ようとしたから、慌てて腕をつっぱって阻止した。
いちいちこんな風に、犬みたいな真似までしなくていい。









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