爆音。轟音。ああ、耳と頭がどうにかなりそうだ!だいたい音楽というのは適切な音量で楽しむものじゃないのか?肝心の音楽の内容も、うるさいばかりでサッパリ理解できない。会場はまるで鶏小屋のように狭いし、さらに人でぎゅうぎゅうなもんだから息苦しいし、ジャケット着用は何故か僕だけだし。本当にこれがコンサートなんだろうか?

…ただ。
彼らがみんな、全力で楽しんでるってことは伝わってきた。それだけだ。

僕をこんな場所に誘った男は、ステージの上で、声を聞いて何となく予想してた通りギターを弾きながら歌っていた。街で会った時とは別人のような表情で、たぶん世の中を嘆いたり愛を叫んだりしていた。…やたら輝いて見えたのは、チカチカした照明のせいだ、たぶん。

ライブが終わってからも、しばらくは耳がキンとなって気持ち悪い。おまけに周りの熱に当てられて、身体もふらふら。音楽を聴きに来てこんな状態になったのはもちろん初めてだ。ミネラルウォーターを額に当てながら壁にもたれかかっていたら、人を掻き分けてくる派手な頭が見えた。

「やっぱり!お前、あの時の生意気な中坊だろ!」
「…誰のことですか、それ」
「上からちらっと見えてマジかと思ってたけど。ほんとに来たのかよ」
「悪いですか?あなたが来いって言ったんじゃないか」
「はっ、そりゃそうか。…大丈夫か?坊っちゃんには慣れないところで疲れただろ」

そんな言い方をされるのは、なんだか面白くない。差し出された新しいペットボトルは受け取らず、すっかりぬるくなった水をひとくち飲んだ。

「…べつに。僕は、あなたにお礼を受けとって貰いにきただけです」
「ああ?まだ言ってんのかよ。金はいらねーって」
「どうしてですか?僕は…」
「それよりお前、こういうの興味なさそうなのに、サンキュな。来てくれただけで十分礼になったよ」

こっちが借りを返そうとしてるのに、何故か礼まで言われてしまった。なんで、どうして急に、そんな素直に嬉しそうにする?ステージの後でテンションが上がってるから?これなら悪態をつかれる方がまだマシだ。どう返していいかわからない。

「…に、人気がないなんて嘘ばっかり言いますね」

きょろきょろ視線を泳がせ、何とか話をそらす。会場は広いとはいえないが満員で…特に女の子たちの歓声がすごかった。今だってちらちらとかなりの視線を感じて、居心地が悪い。ひ、ひがみなんかじゃないけど、人気がないなんて謙遜じゃないか。

「ああ…ほとんどダチとか、知り合いばっかだよ。俺たちの歌を真剣に聞きにきてるヤツなんかいねぇし」
「…そうですか?」

どうしてそう思ったかはわからないけど、この男がなぜか、どこか自分を卑下したがっているような気がして。なんだか、それはちょっと違うんじゃないかという気がして。

「少なくとも、僕の目には、みんな楽しんでるように映りました。あなたも、観客も、」

…なんでこんなにムキになってるんだろう、僕は。
だんだん顔が赤くなっていくのがわかって、心底この照明の暗さにほっとする。

「…そっか」

小さく笑った顔が、今まで見てきたものとは違う、まるで子供のようで、この人はもしかして僕とそう年は変わらないのかもしれないと思った。


「なあ、お前は?どう思った?」
「え?」

…僕が?

照明が落ちたライブハウスの中、それでもじっと覗き込んでくる瞳がはっきりわかって、ドキリと心臓がはねる。何でそんなこと聞いてくるんだろう?そんなの、自分でもわからない。だいたいあんな音楽、クラッシックやジャズしか聴かない僕に理解できるものじゃないんだ。妙に動悸が速くなったのも、頭のすみが熱くなったのも、周りの熱にあてられたからで……。


「…僕、帰ります。鞄の件、ありがとうございました!」
「あ、おい!ちょっとお前!」

結局僕は、その場から逃げ出すことを選んだ。男たるもの、状況に応じて時には逃げることだって重要だよな。まるで前とは正反対の状況だけど。


騒がしいライブハウスから抜け出して、それでもしばらくの間、耳から離れないあの音の洪水を遠くに聴いていた。





「うわ。懐かしいな…」

こんなところにしまってあったのか。安っぽい紙でできた、色褪せたライブチケット。あれから何となく捨てられず取っておいて、この橋の下にまで持って来ていたらしい。一緒に、しまいこんでいた記憶が蘇ってくる。

「…結局、本当にあんなので礼になったのかな…」

けど実際に、あのとき喘息は起きなかったんだし。あれはあれでよかったのかもしれない。

「何だよリク。ぶつぶつ独り言って気味悪ィな」
「うるさい。星には関係ないだろ」
「あァ?」

見つかる前に、さっさともとあった場所にしまった。これ以上片付けの手を止めてると、せっかく俺が手伝ってやってんのに云々と、星野郎に文句をつけられるのは目に見えてる。


…あれから、あの男はどうしただろう?

その後見かけたことはないし、正直顔もよく覚えてない。ただ、あれから後に何度か、街中で流れる彼によく似た歌声をちらっと聞いた覚えがあるから、ひょっとしてデビューしたのかもしれない。大分昔の朧げな記憶だから、ただの勘違いかもしれないけど。


…でもたぶん、今もどこかで呑気に歌い続けてるんだろうな。


訳もなく、そんな確信だけはあった。






▼イメージ高校生と中学生でした
たぶん二人とも気付いてない



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