まだまだ厳しい夏の日差しを受け止めながら、僕は両手いっぱいの荷物を抱え、数日前と同じように大きな玄関の前に立つ。
前と違うところがあるとすれば、立派だった玄関がすっかりボロボロになってしまったことと、僕の荷物が、持たせてもらった野菜や魚貝の類でいっぱいなことくらいだ。その殆どは、万助おじさんに貰った食べ切れない量のイカだったりするんだけど…。
たった数日過ごしただけなのに、ずっと長い間ここにいた気がするなあ。
感慨に耽りながら瓦の剥がれた屋根を見つめていたら、背後から声がかかった。

「健二くん」
「…あ。理一さん」

僕とナツキ先輩の見送りの為に皆もう外に出てくれているのだけど、僕が遅いのを心配して見に来てくれたらしい。

「どうしたの、忘れ物?」
「大丈夫です。あの…よそ者の僕がこんなこと言うのもアレなんですけど。なんか、ちょっと淋しいなあって…」

俯いて頬をかきながら言うと、腕を組んで壁にもたれた理一さんが、ゆるりと微笑する気配。

「なら、もっとゆっくりして行けばいいのに…って、散々皆にも言われたと思うけどさ」
「いやっ、僕、十分長いことお世話になっちゃったんで。これ以上迷惑かける訳にはいかない、です。それに、そろそろ宿題もやらないと…」
「そっか。頑張れよ、高校生」
「ハイっ」

僕は一旦荷物を全部地面に置いて、もう一度、深々と頭を下げた。どうしても、この家とあの温かい家族に、改めてお礼が言いたくなって。

「本当に色々と、ありがとうございました。お世話になりました」
「お礼なんていらないよ。将来家族になるお人だからね、健二くんは」「えっ!?いや、あの、僕とナツキ先輩は、そんな…!」

ぶんぶん首を振って否定するも、理一さんの表情には面白がる色がありありと浮かんでいる。
あのキスシーン(ほっぺたでも僕には大事件!)から、鼻血を出してぶっ倒れる醜態まで、全て皆の目前で晒してしまってから…。散々からかわれ、ヤジられ、冷やかされてと大変だったけど、どうやら理一さんも許してくれないらしい。

「あんなに見せつけてくれたのに?」
「も、もう勘弁して下さい〜…」
「ふふっ、ゴメンね。けど本当に、ずっとこの家にいてくれてもいいのに。こんな田舎だけど」
「え?それって…」

遠回しに、僕をナツキ先輩のお婿さんに認めてくれてる?
またからかわれているのは明白なのに、かあああ…と血が頭に上るのを止められない。佐久間あたりには、「クソっ羨ましい!このバチ当たり野郎!」なんて言われそうでも、こういう冗談に慣れてない僕は、本当にイチイチ穴に入りたいくらい恥ずかしくてたまらないのだ。

「あの、もう、行きましょう!みんな待ってますし…!」

ギクシャクと踵を帰し、手と足が一緒になって歩き始めたところで、また後ろから呼び止められた。
「あ。やっぱり一つ、忘れ物が」
「えっ。本当ですか?」

何だろうと慌てて荷物を確認しようとするのを、両手を肩に置かれて軽く制される。
背が高いだけあって、すらりと長い、けれどガッチリした二本の腕。男として羨ましいなあと思いながら見上げると、柔らかく目を細めて笑う顔があった。

「ありがとう、健二くん。世界を、この国を、大事な家族を守ってくれて。本当に、ありがとう」

落ちついた重みがあるのに、同時に優しく頬を撫でられているような。不思議な色をした声がふってくる。理一さんは本当に穏やかな目をしていて、僕は嬉しいような照れ臭いような気持ちでいっぱいになった。
単身赴任の父親と普段あまり会う機会がないからだろうか。なんだかすごく、くすぐったい…。

「そん、な、僕は何にも」
「う〜ん。ナツキは右だったかな、確か」
「へ?みぎって、何が…」

突然話についていけなくなって顔を上げたら、男らしく整った顔は、いつのまにか焦点が合わないほどちかくにあって……

ちゅっ、
軽いリップ音と、左の頬に羽根のような感触。

しばらくぽかんとかなり間抜けな顔をしてたと思う。僕がやっと我に返った時、既に離れた場所で、理一さんは笑っていた。相変わらず穏やかな、けどどこか、癖のある悪戯っぽさの混じった目で。

「え、え、え?こ、これって、あの……??」
「俺からもお礼。…またいつでもおいで?君ならいつでも歓迎するから」

じゃあね、とひらひら手を振りながら、理一さんは玄関をくぐっていってしまった。あとにぽつんと残されたのは僕ひとり。
じわじわじわと、左頬から熱が全身に広がっていく。

なに、今の、ちょっと待てよ、えっと、じゃあ、理一さんが独身なのって、ひょっとして……
えーーーっ!!??


「健二クン、まだー?…って、あれれ?ちょっと、真っ赤な顔でぼーっとして、どうしちゃったの」
「ふん、まだまだ夏はこれからだからな。この日差しでもうバテたんじゃねーの。ほれ見ろナツキ、都会モンは弱っちくて頼りになんねー」
「嘘ぉ。これくらいの暑さでへたっちゃってどうするのよ。ホラ、皆待ってるから!翔太の車まで急ぐからね?」
「うぉい!何やってんだナツキ!そんな奴と腕なんて組むなっ、離れろー!」

左右の腕を先輩と翔太にぃにひっぱられ、ずるずる引きずられていきながら、僕はぼんやりとまだ鈍い頭で考えていた。
…翔太にぃの言う通り、陣内家に振り回される僕の夏は、まだまだ終わらないのかもしれない。


(僕たちの終わらない夏戦争!)



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