2010 / 07 / 01

抑えきれない選手の嗚咽、やまないじなりのようなサポーターの声、そんなものを背にバックスタンドへ帰ってきた男を、後藤は黙って迎えた。かける言葉が見つからなかったのではなく、この場では言葉など意味をもたないのをよく知っているからだ。元選手として、フロントに携わる人間として、それからただの一サポーターとして。


長い戦いを一番の前線で戦い抜いた男は、試合中によく見せる、厳しい目をしていた。一瞬ちらりと絡まった焦げ茶いろは、普段ころころ色を変えるくせに、決して感情を覗かせない。


「…俺の、力不足だよ」


すれ違いざま、後藤にだけ聞こえるような声で、ぽつんとおっこちた言葉。短かすぎるその一言だけで、あのチームを一番愛していたのが誰か、この敗北を一番悔やしがっているのか誰か、全部後藤にはわかってしまって、年甲斐なく涙腺が緩むのを堪えなければならなかった。


思わずその肩を後ろから引き止めて、背を覆うように抱きしめ顔を伏せた。いい大人がこんな場所ですることじゃないけど、今はきっと気にするヤツなんかいない。


「…ありがとう、達海監督」


たぶんそれは、選手全員と、日本で待つ国民たちの気持ちの代弁だ。

達海が俺たちに見せてくれたのは、ただのフットボールの試合じゃない。夢とか、誇りとか、勇気とか、未来とか、そういう言葉にできない類のものだ。みんな、ちゃんとわかってるよ。

ふっと達海の肩から力が抜けた。なにやってんの後藤、なんていつもの言葉が飛んできそうな軽い仕草だったけど、いま達海の顔を見てはいけないと、後藤は確信していた。

まわした腕に、熱い雫が落ちてきていたから。

ありがとう、さようなら、アフリカの大地へ。






けどやっぱり達海監督は泣かないんじゃないかという気がします。




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