夢ゆめユメ | ナノ

そこにあるのは深い暗闇だった

(ここは…?)

暗いはずなのに、なぜか視界ははっきりしている。

けれど嫌な感じがしてならなかった。

辺りを見回してみれば明かりのようなものが遠くでぼんやりとくすぶっているのが微かに見える。

(とりあえず、歩いてみるか…)

吸い寄せられるように其方へと足を向けた。

近づいていく度に嫌な汗が流れ、息が詰まっていく懐かしい感覚。

肺が押しつぶされてしまいそうなのに、泣きそうなぐらい酷い頭痛がするのに、それでも足は勝手に動いて明かりとの距離を確実に縮めていくのだ。

後もう少しで届く。

そう思った時に何かに思いっきり足を引っ張られた。

何が起こったか理解する間もなく視界が反転し、するりと白磁の腕が伸びてきて。


その腕が


首を


締めた


『お前なぞいらぬのだ!』

『去ね!二度と妾の前にその醜い顔を出すな!』


忌々しい、死んでしまえと罵り、ギリギリと食い込んで行く指先。ぐぁんぐぁんと直接脳内に声が響いて酷い頭痛と吐き気が襲う。

「か、…はっ…」

『醜い化け物め…!』

『殺してやる…殺してやる…!!』

酸素が回らなくなった頭はぼんやりと視界が霞んで、あぁ、このまま殺されるのか。と、どこか遠くで考えた。

その時だった。

今まで首を締めていた筈の母の顔は消え、次いで現れたのは

「も、ちか…?」

『よぅ。政宗?』

愛して止まない最愛の人だった。

「な、んで…?ちか…ッ、な…で…!!」

『本当にお前なんかが愛されると思ってんのか?』

にたりと口角を上げた元親はぞくりと背筋が震える程に冷淡に笑う。
ひくりと喉が引きつった。

「や…ッ、や…だッ!ちか…!ち、…ゔ」

『煩ぇ』

苛立ったように呟いて首を絞められている力が増していき、息苦しさに顔をしかめる。

酸素が足りなくて、少しでも取り入れようとうっすらと唇が開かれたその僅かな隙間さえも塞ごうと周りの陰が揺らめき立った。

今度こそ俺は、死ぬ…の、か…?

まぁでも、愛してる奴に殺されるなら、まだマシかもしれねぇ


諦めに似た考えが頭を過ぎり、もういいかと目を閉ざした。

が、いつになっても意識が途絶えることはない。それどころか詰まっていた呼吸が楽になり、大量の酸素が肺を満たしていく。

「ぅ゙…げほ…ッはっ…」

急な変化について行けず激しく咳き込んだ。
深呼吸を何度も繰り返して荒い呼吸を戻していく。

幾分か楽になったところで閉じていた瞳を開ければ、必死の形相でこちらをのぞき込んでくる元親が映り込んだ。

「おい、大丈夫か!?」

「…、」

喉が張り付いて声がでない。そのうえいつの間にか泣いていたらしく、映っている銀色の髪もぼやけた。

大丈夫だと言いたいのに

怖かったのだと伝えたいのに

思うように声が出ないことがもどかしくて仕方がなかった。
けれど胸の中に別の恐怖が渦巻いているのも確かだった。

「どした、何があった?」

頬を包み込もうと伸ばされる腕が先ほどまでの悪夢を鮮明にに思い起こさせ、その影と重なる。

また、また…!!

「ゃ…!」

情けないほどの小さな拒否を示してその手を払い落とした。

「ー…」

「ぁ…」

呆然と叩かれた腕を眺める元親に、やってしまったと顔から血の気が引いていく。

「ち、ちか…」

取りあえず謝らなければと腕を伸ばせば強い力でその腕を引かれ、気がついた時には逞しい腕の中にすっぽりと抱き込まれていた。

「ごめんな」

「ぇ、」

「もっと早くに気づいてやれれば、こんなに怖い思いさせなくて済んだのによ。」

どこか辛そうにいう元親に、いつの間にか堰を切ったように涙が溢れ出していた。

なんでコイツはこんなにバカなんだ。

あんな拒絶のされ方をすれば、ヘコんだって、イラついたっていいはずなのに。

なんでアンタが辛そうにすんだよ。

なんでこんなにも

アンタはあったかい?

「ちか、ごめ…っ」


抱きしめられた腕に縋るように額を擦りつけてただ涙を零した。
背中をゆったりと撫でてくれる手が心地よくて、もっとと強請るように強く抱きつく。

いつの間にかあの恐怖感は無くなっていた。鮮明に思い起こされた白い腕も、今ではなんの恐怖も煽らない。

目覚めた瞬間は再び締め付けられるのではないかと危惧してしまったこの逞しい腕も、再び心の寄りどころとなっている。

「なぁ、元親、」

「なんだ?」

「……愛してる、って…言ってくれ…」

半ば祈る思いでそう呟く。

俺は生きていていいんだと、俺はここに在っていいんだと確認したかった。

一瞬驚きに目を瞬かせた元親だったが、聞こえるかどうかの瀬戸際だったその声をしっかりと捉えて、瞳を柔らかなものに変えた。

抱き込まれるように後頭部を寄せられ、耳朶に甘い痺れが走った。

「━━…愛してる」

「…っ、me too.」

背を撫でられ、何度も鼓膜を通じて囁かれる愛の睦言。

ゆったりと闇が身を沈めて行く中、この腕が在る限り二度とあの悪夢は訪れないだろうと、ひとり、安堵に瞳を伏せた。


-END-


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