セーラー服は脱ぐ為に着ろ | ナノ

元親が伊達政宗というセーラー服の男子生徒と出会ったのは数週間前の事だった。


何故セーラー服を着ているのか、その理由を知る人間は少なくとも生徒の中には誰ひとりとしていない。
教師達が校則違反以前のその格好を咎める事が無い事も謎を深めている。
本人に聞いてみてもはぐらかすばかりで、しかし胸倉を掴み上げてまで聞くような生徒はいなかった。
彼を取り巻く噂の中に、彼の後ろ盾に堅気では無い人間が付いているという物騒なものもあったからだ。

だから謎は謎として残り、それは誰かの手によって装飾され、噂として流れる。
彼をイジメのターゲットにする生徒も出ては来なかったが、彼に深く関わろうとする生徒もいなかった。

伊達政宗の存在は、本来なら聞いてはいけない学校の七不思議の七つ目のようなものだったのだろう。



元親が伊達政宗の姿を見たのは、男子トイレでの事だった。

あまりに目立つ格好をしているというのに、今まで元親は伊達の姿を見た事が無かった。
奇怪な格好をしたイケメンの男子生徒が同学年に居るというのは聞いていたが、元親は毎日真面目に朝から夕方まで授業を受けて部活を終えて帰るような生徒では無い。
それでもその噂を聞いてから半年以上経った現在まで伊達の姿を見る事が無かったというのは、それ程までに縁が無かったという事なのか。


セーラー服を着た美男子がいるとの噂が流れ、上学年の生徒達も彼の姿を一目見ようと休み時間に下級生の教室に集まってくるものだから、彼以外の生徒も休み時間気の休まる時は暫く訪れなかっただろう。
しかし他の生徒達はともかく、彼はまるで平然と何事も起こっていないかのように自分の席に着き、読書をしていた。

顔立ちも体格も立ち振舞いも、紛う事無く男子のもので、その見た目からは女子らしさというものが一切感じられない。
髪型を整えメイクを施せば、元の美形も助けて、本当の女子に見間違える事だってあるかもしれない。
それをしないのは彼に性の障害や女装癖というものが元々無いから、別に彼は女子になりたいと思ってセーラー服を着ている訳では無いのだ。


その男子トイレは、元親達の学年が普段使用するトイレでは無かった。一つ下の階の一番端にある、元々利用者の少ないトイレだ。
時刻は午前11時26分。本来なら二人とも授業を受けているべき時間である。
しかし彼らは教室ではなくトイレに居た。

授業をサボる時はよくこのトイレに訪れているが、今まで授業時間中に自分以外の生徒や教師がこのトイレを利用するのは見た事が無い。
お互いにそうだったらしい。今までもう数十回は授業をサボっているが、被った事は一度も無かった。


先客は伊達政宗の方で、彼は気だるそうに鏡に向かっていた。
猫の形の櫛で髪を梳き、薄ピンクの着色のあるリップで唇を潤し、思春期の男子とは思えない程綺麗な肌ににきびが無いかどうかを念入りにチェックしていた。

その姿を見て、元親は気味が悪くなった。

確かに身体の線は細く、肌の色も白いが、けれど決して貧弱な体つきではない。男子にしては華奢かもしれないが、女子として見れば十分な筋肉質だ。
当然彼は女子では無く、男子の枠にきっちり嵌っているのだから、ただ単に華奢な体つきというだけの事なのだが、彼から出るオーラがどうも同性のものとは違う。


元親本人もそうであるように、普通男子高校生は猫の形をした櫛で髪を梳いたりしないし、無着色の、やたらとハーブの匂いの強いメンタムならまだしも、見た目からしてファンシーな薄ピンクに色付くさくらんぼの香り付きのリップを使ったりはしない。

想像していた姿よりも伊達は男らしい見た目だった。けれど紛う事無く男子であるというのに身につけているセーラー服は浮いていない。
悪目立ちのする格好だが、その姿は一瞬違和感を忘れさせる。一瞬後には、彼が男子であるという事をまざまざと思い知らされる事にはなるのだが。

その姿自体に気分を害する事はなかったが、それでも同性がこんな格好を恥ずかしげも無く学校で出来るという事が信じられなかったし、気味が悪いと思った。



そして、気味が悪いというかそれこそ伊達に対しての印象を圧倒的に悪いものにし、気分を悪くさせる有名な噂があった。


伊達政宗の一個上の学年のあるクラスの担任を務める教師、猿飛と出来ているという噂である。

因みに猿飛は男性教諭で、セーラー服なんて着ていないし女装癖も無い。立派な成人男性だ。

何処から噂が流れたのかは一切分からない。だから元親はこの噂を鵜呑みにする事は無かったのだが、大半の生徒は半信半疑ながらも猿飛と伊達を見る目を変えた。

伊達がイジメられる事はなかったが、猿飛の方はイジメとまではいかなくても、授業のボイコットは茶飯事だし、話しかけても無視は当たり前、擦れ違えば会釈や挨拶ではなく罵声や野次が飛ぶ。
彼が担任を務めるクラスは最早学級崩壊していて、今は学年主任が朝礼や終礼を行う始末だ。

それでも何故か猿飛は退職にはならなかったし、何より驚きなのが、猿飛がそれに一切動じない事だ。
猿飛に対する陰湿な嫌がらせは、大の大人も此処までされれば精神を病むだろうという程に長いこと続いている。

しかし猿飛は一度も欠勤する事もなく遅刻も早退も無い。授業も欠かさず行っている。偶に自習とだけ黒板に書いて姿を消す事はあるが、生徒達は猿飛が教室から消えた事にも気付かないし、生徒達は猿飛の授業の後の休み時間になって初めて黒板に自習と書かれてあるのを見るのである。


噂は所詮噂だと思っていた元親だが、伊達の姿を見て、何だかそれが根も葉もないただの噂だとは思えなくなってきた。
同性とは少し違うオーラは、男である自分を惹きつけようしてくる。
踏み込めば危険な存在だと悟り、元親はこっそりとトイレから出ようとした。

「…いつまで覗きやってんだ?此処は男子トイレで間違いないぜ」


カチッ。リップの蓋を閉める音と同時に、伊達が鏡越しに元親に笑いかけた。元親は背を向けているのだから伊達が笑っているのかなんて見えやしないが、声のトーンが実に楽しそうに歪んでいる。

まさか声を掛けられると思っていなかった元親は、そのまま伊達の事なんか無視して退出してしまえばよかったのに、足を止め、振りかえってしまった。

声と同じく右斜め上に歪んだ唇。うっすらとピンクに色付いた唇がゆっくりと開く。


「サボりか?俺もサボりなんだ。なあ、どうせこんなトコに来るって事は暇なんだろ?だったら俺とお喋りしようぜ」
「…なんでこの俺がお前みたいな得体の知れねぇ奴とお喋りなんざしてやんなきゃいけねぇんだよ」
「何気取ってんだよ、興味津々な目で俺の事見てやがった癖に」


指で弄んでいたリップを、洗面台の上に置いていた黒地に青やピンクのハートが散りばめられたポーチの中に仕舞った。
トイレの入り口に置かれていた鞄には、可愛らしいキャラクターものの大きなマスコットがぶら下がっていた。間違い無く彼の鞄だろう。
この短時間で見た伊達の持ち物の全てが女子が好んで使っているものばかりだ。


「名乗らなくても俺の名前くらい聞いた事あるだろ」
「主に悪い場面でよく聞く、伊達政宗って名前の奴が…アンタで間違い無いんだな?」
「yes、で?名札も付けてない不良生徒Aの名前は?」
「…長曽我部元親」
「元親…良い名前だな」
「そりゃどうも。ただアンタにゃあ馴れ馴れしく呼ばれたくねぇな」
「なんだよ、つれねぇなあ…」

伊達の右目を覆う白い眼帯には、皮膚に触れない部分にきらきらの青いリボンのシールが貼られていた。
一体この男が何を目指しているのか、何を思ってこんな恰好をしているのか全く理解出来ない。

スカートの丈は現代の女子高生の平均基準と比べれば若干長い。白のニーソから見える生足の面積は広いが、それは伊達の体躯、足の長さが原因だろう。
まじまじとその姿を見る気にはなれなかったが、実際目の前に伊達の姿を捉えると、嫌でも目線が彼の整った顔ではなく彼を不格好に着飾るセーラー服の方に行ってしまう。


「ま、お喋りする気の無い奴といつまでも同じ空間に居たって仕方無いな。じゃ、俺は行くぜ」

伊達は実にあっさりと、元親の横を通り過ぎてトイレの入り口に向かって行った。

茫然というか、たったこれだけの会話で神経が疲れ果てた元親は黙ってその背を見送ったが、途中伊達が何か忘れた事があったのか、大仰に「あ、」と言って振りかえった。


「なあなあなあなあ、俺寝ぐせとか付いてないよな?制服も捲れたり、皺とか寄ってないよな?肌も荒れてないし、にきびなんか無いよな?リップもちゃんと塗れてるよな?あ、前髪はピンで止めた方が良いか?」

さっきまで散々鏡でチェックしていたのに、一体何が不安なのか。
いや、それよりそれを何故このタイミングで元親に尋ねてくるのか。
行動が不可解過ぎて意図も全く読めない。


「第三者の眼でチェックして欲しいんだよ。自分じゃ気付かないおかしな部分があるかもしれないだろ」
「そんなにめかし込んで…何しようってんだ?」
「俺さ、今狙ってる奴居んだ。内緒だぜ?因みに俺には現在進行形な相手は居るんだけど、ソイツはもう切ろうと思ってて」


その狙っている相手が異性ではないというのを、元親は察した。
明確にそれを示唆するような語彙は出さなかったが、何となく。

女子が意中の男子を落とす時、普段より気合を入れてメイクをしたり髪を整えたりするのと道理が一緒だった。

伊達はポーチから取り出した細かい青紫のラメの付いた星型のピンで前髪を軽く止め、手鏡で軽く髪型を整え、満足した様子でポーチをトイレの入り口に置いてあった鞄に仕舞った。


「じゃあなー元親!もし俺が今狙ってる奴がどうしても落とせない!って諦められたら、お前に抱かれてやるからなー」


伊達が去り際に見せた笑顔はとても無邪気なものだった。
大きく手を振り、通常なら授業中である時間であるのも気にせず、バタバタと足音を立てながら廊下を駆けて行った。



その背中に思わず手を振り返してしまった元親は、自分の無意識の行動が恐ろしくて、トイレにしゃがみ込んで大きな溜め息を吐いた。



(ああ、一瞬期待した俺を誰か葬り去ってくれ…)






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