アパシーの終焉 | ナノ

「これを殺していただきたいの。」


俺が生まれたのは暗殺のスペシャリストを多く輩出している一族だった。血の滲むような、実際にはそれ以上に厳しく過酷な訓練に耐えられず、逃げ出したり(勿論殺される)死んでいく者もいた中、俺は歴代の暗殺者の中でも特に優秀だったらしく、闇から這い出てきた化け物、だなんて褒め言葉をいただいたことがあるくらいだ。しかしまぁ、どれほど賞賛されようが日の目を見ることなどないし、この生き方を俺は何より汚いものだと常々思っていた。
そんなとき舞い込んだ仕事の依頼。依頼主は見目麗しい白皙の女で、つい、と一枚の写真を差しだして、少しも悪びれる様子もなくこれを殺していただきたいの、と言った。
「任務遂行のプラン設計の為貴女様と写真の方とのご関係をお聞きしたいのですが、」
「構いませんわ。そうですね、これは我が家に住み着いた化け物ですわ。」
眉一つ動かさず女は言った。
写っているのは女によく似た青年で、艶やかな髪も白皙の肌からも青年が彼女の子供であるということは明白だった。
「化け物…」
「ええ、ご覧になっただけではわからないかもしれませんけど、眼帯の下には禍々しいものを巣くわせる化け物ですわ。」
俺はそのとき理解した。この女は恐らく、本気でそう思っているのだと。どういう経緯でそうなったのかは知らないが、写真の青年を子供だと認識したことなどないのだろう。俺は写真を預かり、暗殺に関する適当な説明や資料を渡して女を屋敷の外まで見送った。
「化け物、か。」
こんな卑しい仕事をしている俺と同じ『化け物』がこの世に存在することに興味を覚えた。何度も何度も写真を見る。白くて、美しい青年。血を浴びながら生きてきた自分とは全く違うのに、自分と同じ『化け物』の青年。
「会いたいな、政宗。」
仕事上ターゲットの名前や居住地、経歴等は全て調べ上げる。大抵のターゲットは調べるだけで反吐が出そうなほどどうしようもない奴ばかりなのだが、政宗だけは写真からの印象のまま、美しかった。
どうにかして美しいこの生き物と会ってみたい。触れてみたい。いつしかそんな風に思うようになっていた。当たり前のことだけれどターゲットとの馴れ合いは禁止。暗殺の為に近づくことはよくあることだが、会ってみたいだとか触れてみたいだとかの私情で近づくことは御法度だった。バレれば俺が造作も無く殺される。
しかし俺はどうしても政宗に触れてみたかった。それはこの世に俺が生を受けてから初めて認識した欲求だったからだ。
「貴様何を考えている。」
「なぁんだ、かすがかぁ。」
自分の考えに没頭していた所為で少し反応が遅れる。悟らせないようにいつも通りに飄々と振る舞うけどかすがはにこりともしない。
「あまり馬鹿なことを考えるな。お前は暗殺者なんだ。」
美しい金髪を揺らしながら同じ暗殺者であるかすがが少しばかりの殺気を帯びて言う。かすがとは古い付き合いだけあってあまり隠し事は通用しない。
「そこまでわかってるなら話は早いじゃん。かすが、俺様お前のことは嫌いじゃないからさ、早くここから立ち去りな。」
「なにを、」
かすがの言葉を遮り俺は一族の長がいる屋敷へ一直線へ向かう。かすがは物言いたげな口を堅く引き結び、その場から動かなかった。一族の習わしに従うなら俺を通したかすがも罪人だ。でもその習わしももう終わりだもんな、と俺は一人その場の雰囲気にそぐわない笑みを浮かべた。

鉄のにおいが充満する部屋を出た。自分を育て上げた世界が意外にも脆かったことに対して、自分が特別強く、人を殺す才に溢れていたなど認めたくもなかったけれど死に逝く同胞を見てもこれっぽっちも心が痛まなかった俺はやはり闇から這い出てきた化け物という褒め言葉がお似合いなのかもしれないと思った。
「君のために闇から這い出したんだ。早く会いたいよ、政宗。」
逸る気持ちを抑えて、一族の財産が納められている金庫から適当に札束を掴み鞄につめた。服装もラフな格好に着替え、最後にもうかすががこの一族の敷地内に(死体としても)いないことを確認してから俺は初めて自分の意志で自分の欲求に従って一族から抜けた。

「今、会いに行くからね。」



「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -