融解するセラヴィ | ナノ


世界は何で、できている?
甘いもの?美しいもの?苦いもの?醜いもの?

「俺の世界は血と死と金でできてた。」

まだ肌寒い早朝、湿りを帯びたベッドの中で小さく佐助が囁いた。政宗は違和感の残る体はそのままに少しだけ首を捻った。

「初めて死体を見たとき、仲間のほとんどは吐いた。綺麗な死体でもなかったから仕方なかったと思うよ。でも俺は何も感じなかったし、何も感じない自分を疑問に思ったりしなかった。」

肉の破片の回収が佐助の初任務だった。敵の銃撃を避けながら、自分の師であった男の情報や一族の肉体の情報を漏らさぬよう回収するのだ。

「大抵の奴はすぐに任務に移ったけど、そこで脱落する奴もいた。二回目の任務はその脱落者を殺すこと。二回目の任務が終われば、報酬が入った。」

血と死と金。それが佐助の世界を構成し、佐助の全てだった。満たされない思いは心に燻っていたが、その思いが満たされなくとも、別段佐助の生活に支障をきたすわけではなかった。満たされないことが日常であり、佐助の世界だったからだ。

「お金があるからといって、何か欲しいものがある訳じゃなかった。周りの奴等は稼いだ大金で身を隠しこの世界から足を洗う奴もいた。」

しかし佐助は足を洗いたいと思ったことはなかった。人を殺すことが好きだという訳じゃない。ただ、この世界以外で生きる理由も希望もなかった。

「月並みな言い方をすれば、『俺は死んでいた』ってやつかなぁ。いや、死ぬことも生きることも興味がなかったのかも…」

そこまでゆったりと語ると、一息吐いて佐助は政宗を見つめた。その視線には、ただ愛しさだけが含まれていて、政宗は慣れないその視線に少しばかり頬を赤くした。

「でもそんな俺を政宗が変えたんだ。写真一枚でしか見たことがない、声も知らない、性格も知らない、何も知らないのに…政宗の存在が、俺を捕らえて離さなかった。」

自分と同じ化け物が、自分の生きる世界の外にも存在するということに愛しさをおぼえ、その美しい外観に、気持ちが高揚するのがわかった。そして初めて、生を実感した。この愛しさが、胸の高鳴りが、生きているというなら。

「俺の世界は政宗で再構成されるんだ。」

長年かけて積み上げられた佐助の世界は剰りにも脆く、その手によって壊された。しかしそれを嘆く者は最早いない。むしろ彼にとってその世界は偽りであり、不要なものだったから。

「ねぇ、政宗の世界は?」

何でできてる?声には出さず、輪郭だけで紡がれたその言葉はしかし政宗に伝わった。

「俺の…世界…」

華美な服装、白皙の肌、艶やかな黒髪、真っ赤な唇。

「世界は変わるだなんて、映画の中の話だと思ってたんだけど…世界は変わるよ、政宗。」
「でも、俺は…」

政宗にとって世界は苦くて哀しいものだった。居心地の悪い家も、憐れむ目の父親も、不思議そうな弟の目も、化け物を見るような母親の目も。いつの間にか諦めて、世界を受け入れた自分も。

「俺はどれ程母親から離れたって…いつでもあの人の用意した世界にいる…」
「それはさ、政宗がその世界から出ないだけだよ。壊さないだけ。変えないだけ。」
「違う!俺は…だって、俺はこの世界しか知らねぇのに…」

肉体的な疲労も忘れて声を荒げた瞬間、佐助の顔が不意に近付き、その唇が触れた。

「んっ、」

ぬるい舌がぶつかり合えば自然と退いてしまう政宗を気遣うことなく、舌を執拗に追う佐助は息苦しさから解放を乞うように政宗が肩を叩いたことでようやく唇を離した。

「は、はっ、てめぇ、」
「知らないなら教えてあげる。俺が政宗の世界を作り替えてあげるよ。」

にこりと笑ったその顔は、闇から這い出てきた化け物のような顔に見えた。





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