「さ、こちらです。足元に気を付けて」 猫を追っかけてる途中で出会った男がにっこり笑って言った。女じゃねぇんだからそんなこと言わなくていい。そんなこと考えてたら男がこっちを振り向いた。 「では、お名前をお伺いしてもよろしいか?」 手にはマイク。そういえば放送してくれるって言ってたっけ? 「待てよ、先に…お前の名前、教えろよ」 「俺の、ですか?」 男がきょとんと尋ねる。俺はなんだか恥ずかしくてこくこく頭を動かす。 「俺は真田幸村と申します。三年ほど前からこの地で剣道の師範代をしております。」 「真田…か」 通りで知らないわけだ。どう見ても歳は近そうだと思ったが、三年前からなら俺はこの地にいなかったから。だからこうして親切にしてくれんのかと少し納得してみたりして。 「真田、何やってんだ?」 「あ、和菓子屋の、」 振り返ってみれば袖に商店街役員と書かれた腕章をつけた男が立っていた。俺はなんとなく変な気分になって真田に隠れるように立ち位置を変えた。 「この方が迷子のようなので、放送をしようかと」 「随分大きな迷子だな。まぁいいか、おい、あんた名前は?」 男が探るようにこっちを見る。なんでかよくわかんねぇが、俺はその視線から逃れるように後ずさる。 「なんだ?もしかしてお前、宇宙人か?」 心臓がふあっと冷たくなった。宇宙人。もしかしともなく俺のあだ名。あまり良い記憶の無い、あだ名だ。 「うーわ、迷子とか相変わらず電波ちゃんだな!」 げらげらと笑う男の顔はよく見れば中学時代の同級生だった気もする。宇宙人というあだ名自体不愉快だが、真田が俺を困ったような目で見ているのがより嫌な気分になる。 「あの、宇宙人とは…」 「あ、そっか、真田は知らないよな。こいつさぁ、」 にやけた男の顔がさらににやける。小中学校のとき、みんなこんな顔をしていた気もする。俺は斜め下を向いて、顔を背けた。さっきまで優しかった真田はどう思ってるんだろうか。やっぱり俺を、宇宙人だと思うのだろうか。 「てわけでさ、こいつは宇宙人なんだよ。どうかしてるだろー?」 男の話が終わったらしく、また視線を感じる。馬鹿にした顔で俺を見ているんだろう。なんで何年経ってもこうなんだ。 「そんなことですか?」 「は?」 真田の言葉に間抜けな声を上げたのは男だけじゃない。俺も思わず下げていた頭を上げた。 「運動場に犬が入ってきたから、思わず教室から飛び出してしまうとは、かわいいではないですか。確かに授業中なのは問題ありますが…」 真田はさも当然のように言い放った。男は意味わかんねぇ、と俺たちの横を通り過ぎていったが、俺は恥ずかしさで顔を下げることさえ忘れていた。 「あ、あんた馬鹿なんじゃねぇの?」 「そうですか?本当にかわいいと思ったので。」 にこっと笑う真田の顔に悪意なんて感じることもなく、俺は顔の火照りを気付かれないよう今度こそ顔を下げた。 |