あの日、アトリエにて。

かみさまかみさまかみさま、

禁煙も禁酒も、たいして続かないのに、何故か絵を描くということだけは、物心ついた頃から生業とする現在まで続いている。画家として、特に拘りがあるわけではないので依頼を請けた絵は大抵依頼主の要望通り仕上げることが出来る。だから収入に特に困ったこともないし、画壇の対立でどうとかいうこともなかった。

「はい、はい。ええ、じゃぁ今回は、はい、そういうコンセプトでいくつもりなんで。はい、お願いします。」

次の個展の打ち合わせを簡単に終わらせ、製作途中の絵を眺める。調子は悪くない。

「んーでもなぁ、」

なんとなく覚えた空腹に、俺は絵筆をとる気をなくした。俺は極力アトリエ内で食事はとらないようにしていた。別にアトリエが神聖であるとか、そんな大それた理由じゃない。単純にアトリエ内のにおいを嗅ぎながら食事をする気にならないだけだ。さすがに個展が近かったりすれば不満も言ってられないのだが。

「はー外は鹿に遭遇したら怖いしなぁ、」

晴れてはいるけれど、先月庭で鹿を見かけてからは外での食事は避けている。

「んー久々に伊達ちゃんとこ、行ってみようかな」

伊達ちゃん。高校のときの友達。頭のいい大学に進んで、今は親父さんの跡継いで会社のお偉いさんやってる。俺のアトリエからバイクで十分ほどのところにオフィスを構える元、恋人。

「久しぶり、」
「……くせぇ」

顰めっ面をしながらも、オフィスに入れてくれる彼と俺の関係は、悪いわけではないと思う。

「何しに来やがった」
「いやぁ、お腹空いちゃって」

高級そうなソファに自分の今の服装で腰を掛けるのは気が引けるが、ここ以外に座る場所は伊達ちゃんのデスクのイスくらいしかないので、結局ソファに座ることになる。

「相変わらず良い座り心地」

俺の褒め言葉をスルーして、伊達ちゃんはお弁当屋さんに電話をしている。

「なに頼んだの?」
「唐揚げ弁当だろ、お前は。」
「よくわかっていらっしゃる」

にやんと笑えば伊達ちゃんが俺の横に腰かけて、こてんと頭を肩に置いてきた。

「あら、お疲れ?」
「あーちょっとな、取引先のセクハラが…あのエロオヤジ、」

髪を撫でてやると、伊達ちゃんの嫌いな絵の具のにおいが染み付いた俺に構うことなく、伊達ちゃんは気持ち良さそうに目を瞑る。

「ま、さむね、」
「……」
「なんで俺たち、別れたかな。」

真っ黒な墨で塗り潰された俺の絵。ぼんやりとした伊達ちゃんの顔。怒りに任せて怒鳴り付けた、自分の声。

「別れたのは、俺のせいだ。」

小さく囁かれた言葉は、あの日の伊達ちゃんの声によく似ていた。迷子のような、何かに怯える子供のような、泣きそうな声。

「お前が個展のために一ヶ月以上かけて描き上げた絵を、俺がほんの数秒でめちゃくちゃにしちまった。」

別れた原因は、果たしてそれなんだろうか。俺はあのとき確かに目の前が真っ赤になるような怒りを覚えた。でも。

「伊達ちゃん、あのとき俺たちは、まともな心情になれなくて、ろくな話し合いもせずに別れちゃったけど…」

明確に別れ話をしたわけではない。なんとなく、お互い終わりだな、と会わなくなった。次に会ったときには、俺たちは恋人ではなかった。

「ねぇ、あの日、伊達ちゃんは…」

描き込まれた大きなキャンバスに何を思って墨で汚したのだろう。甘え方を知らない伊達ちゃんの精一杯のメッセージだったんじゃないだろうか。

「政宗様、」

続きはノック音と彼の腹心の部下の落ち着いた声によって遮られた。

「弁当が届きましたぞ。」
「ああ、悪い、」

離れた熱に寂しさを感じ、先程まで彼の頭が置かれていた肩を擦る。扉が開かれると、鋭い視線を感じたが、気付かないふりをした。

「ほらよ、とっとと食って帰れ。」

先程までの雰囲気とはうってかわっていつもの調子の伊達ちゃんに、俺は今日も大切なことを言えなかったと後悔をしながら弁当を開ける。

「絵の具のにおいしないごはん、久々だわ」
「ふん、」

絵なんて、やめてしまおうか。






▼さいごに

別れた後の話って書いたことないなと。
キャンバスに墨は、katyのpvから。
鹿は知り合いのアトリエで実際出たらしいです。
つづくかなぁ。

お付き合いくださりありがとうございました!

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