会ったら何を話そうか。犯人が見つかったこと、こないだ怒鳴ってしまったこと、いつの間にか旦那のほっぺが腫れてたこと。ううん、違うな。 そこまで考えて、病室の取っ手を掴む。一週間ぶりの訪問になかなか腕が動かない。片倉さんがいたら怒られるかな、なんて心配が心をよぎったけどそんなこと言ってたら埒が明かないと思い直し、俺は勢い良く扉をスライドさせた。 「政宗!」 久しぶりに名前を呼ぶ。耳が聞こえないのだから呼んでも意味はないのだけど、名前を呼びたかった。 政宗は一週間前と変わらずベッドにいた。最後に会ったのがあんな別れ方だったからてっきり目を反らされるかと思っていたけど、返事こそないものの、政宗は意外にもちゃんと俺の目を見ていた。 俺は静かに政宗に向かって歩き出す。怖がらせないよう、ゆっくりと。ベッド横まで行くと足を曲げ、政宗と目の高さを合わせた。すると政宗がペンを差し出してきたので、俺はやんわりとその手を握り、ペンを机に置いた。政宗はきょとんとしている。 「今日はね、ちゃんと話したいと思って来たの。」 政宗の指を広げ、掌に指を滑らせる。 「ごめんね、」 ゆっくりと発音しながら一文字ずつ掌に書いていく。一応言葉は伝わったらしく、政宗は頭をふるふる振り、俺の手を取ると、俺がしたのと同じように掌に文字を書いた。 「おれのほうこそ、ごめん?そんなことないよ。」 次は俺が頭を振る。でも政宗は出ない声で、でも、でも、と繰り返す。俺はその手を擦り、また掌に文字を書く。 「おれ、かたくらさんにしっと、しちゃったの。」 だから怒鳴りつけて、怖がらせて、会いに来れなくて。嫉妬とは少し違ったのかもしれないあの感情は、しかし嫉妬と説明した方が分かりやすく、俺はそう説明した。すると政宗はまた横に頭を振り、ベッドサイドの棚からメモ用紙をいくつか取り出し、俺に見せた。 「これ…」 見覚えのある、綺麗とは言いがたい文字。力一杯書き付けたのか筆跡が次のメモにまで写っている。 「旦那、だ。」 唐突に始まるその文章は、政宗を強く咎めるものではなく、ただただ俺がどれほど政宗を思っているのか、それを分かってやって欲しい、頼ってやって欲しいと書かれていた。旦那がいつの間にこれを書いたのかと思ったが、あの腫れた顔を作ってきた日に大将の許可無くここまで来たんだろうと合点がいった。 「なにしてんだか、」 恥ずかしいような気持ちになりながらも、きっと自分では、政宗を責めるだけになるだろうと言えなかった気持ちを旦那が第三者の視点(俺に偏ったと言えなくもないが)で代弁してくれたことが嬉しかった。 「そうか、旦那が。」 政宗の手を擦りながらそう呟けば、政宗が俺の手に手を重ね、こくんと頷く。それからもう一枚紙を差し出した。 『幸村から佐助のこと聞いて、俺、すごい馬鹿だな、と思った。あのな、こんなこと今更言っても遅いかもしんねぇけど、俺佐助のこと好きだから、情けない姿見せたくなかったし、迷惑かけたくなかった。』 読み終えて、政宗の顔を見た。困ったような顔をして、出ない声で、ごめん、と謝った。 俺はもう一度政宗の手をとって優しく握る。それから掌を広げて指を動かす。 「何を話そうか、色々迷ったんだけどさ、」 『すき、あいしてる』 「やっぱこれを伝えなきゃだよね。」 政宗は、照れてしまうかと思ったけど、俺が触れた掌を大事そうにきゅ、と握り込み柔らかい笑みを浮かべた。 「俺も、す、き」 掠れてほとんど聞こえない言葉は、けど聞き間違いなんかじゃなくて。俺は今までの悲しかったことも、後悔したことも、全部全部報われた気がした。 |