面会時間に間に合ったので、俺はまっすぐに政宗殿の病室へと向かった。 「失礼いたす。」 そろりと開けた扉の向こうは電気が付いておらず暗かった。その為姿は確認できるものの政宗殿の様子が伺えず、俺は手探りで電源を押した。 「――ッ!」 明かりがついたことで弾かれたようにこちらを見た政宗殿の目は真っ赤になっていた。泣いたのだろうか。それでも俺は、政宗殿に言わなくてはならないことがあった。 『政宗殿、調子はどうでござろうか。』 胸ポケットに入れていたメモに書いて見せる。しかし政宗殿は俯いたままこちらを見ようとしない。強引にこちらを向かせることも出来たが、そんなことをしたら政宗殿を怖がらせてしまうと思いとどまる。声も届かない。思いも伝えられない。佐助もきっと、この虚しくてもどかしい思いを感じただろう。 俺はメモに思いつく言葉を書いていく。簡易のテーブルは振動が響きやすく、文字が歪む。只でさえ上手いとは言いがたい文字がさらに読みづらくなっていくが、そんなことどうでも良かった。 「政宗殿…佐助を理解してやって下され…」 書き付けた文字とは 裏腹に、俺の声は掠れていた。 自分の、持てるだけの語彙力を詰め込んだメモを政宗殿の視界に入る場所へ置く。政宗殿からは何の反応もなかったが、これ以上は何も出来ず、俺は病室を出た。 「片倉殿、」 部屋を出てすぐ視界に入ったのは片倉殿。片倉殿と会うのは久方ぶりだが、再会を喜ぶ間柄でもそんな空気でもない。片倉殿は俺の姿を確認すると肩を掴み、声こそ抑えているものの、怒りを含んだ声で言った。 「真田…てめぇ何してやがったっ」 掴まれている肩が痛い。片倉殿が何故これほどまでに怒っている理由がわからぬからには、俺としても何もしようがない。 「何をと言われましても…片倉殿、離してくだされ。」 怒られるようなことをした覚えはないので、少し強気に言うと片倉殿は手を離した。 「一体何でござろうか」 「…政宗様はどうしていた?」 「特に何も…俯いて、おられたが…」 片倉殿はふう、と一息つくとまっすぐにこちらを見た。 「先ほど政宗様は過呼吸で倒れた。」 「な、」 「倒れる前は猿飛と話していた。何があったのか詳しくはわからねぇが…今猿飛を連想させるお前には出来るだけ会わせたくなかったんだ。悪いな、少し気が立ってた。」 がりがりと頭を掻いて片倉殿は謝った。気が立つのは仕方ないだろう。片倉殿は政宗殿が関わると常にそうなのだ。特に今回のような場合、佐助とは少し違う意味で苦しんでいる筈だ。しかし。 「片倉殿、もし佐助の所為で政宗殿が過呼吸になったのだとしても…佐助を責めんでやって頂きたい。」 「…なんだと。」 ぴくりと片倉殿の眉が動くが、俺はそれを気にすることなく続ける。 「片倉殿のお怒りは重々承知しております。しかし、少しばかり政宗殿に過保護すぎると思うのです。勿論今回の件にあたっては、仕方がないことでございましょう。しかし、恋人である佐助とて辛いのです。自分の愛する人から必要とされてないことが…辛いのです。」 佐助からは全てを聞いたわけではないから憶測に過ぎないが、決して間違ってはいないと思った。片倉殿も何も言わずに黙った。 「少しだけ、佐助のことを信じてやって下さい。あいつが、政宗殿を苦しめようと思っているわけなどないでしょう。どうか…宜しくお頼み申す。」 深く頭を下げる。自分はいらぬことをしているのかもしれないと不安がよぎる。でも俺は、佐助にも、政宗殿にも、お互いのことを好きであり続けてほしいのだ。 「真田、頭上げろ」 「片倉殿…」 頭を上げると、先ほどまでの怒りに満ちた顔ではなく、緊張が解れたような、片倉殿がいた。 「すまなかったな。」 「いえ…あの、」 「お前の言う通りだ。誰よりも心を痛めているのは猿飛なんだろうな。俺がの気持ちが劣るとは思えねぇが…」 俺は政宗様の味方だがお前は猿飛の味方でいてくれ。 片倉殿はそう言うと、病室に入っていった。俺は思った以上に緊張していたらしく、盛大に息を吐いた。 「あとは佐助が頑張るのみ!」 |