あの日は、本当に普通の日だった。 仕事場から自宅までの道のりで、最近暴行事件が多発していることも知っていた。でも、自分には関係の無いことだと思っていた。 腕を捕まれた。反射的に後ろを振り返ると同時に口にタオルのようなものを詰め込まれた。タオルなんてなくても、恐怖で声は少しも出せなかった。 男は無言で、興奮した息づかいだけが耳に届いた。辺りは暗くて相手の顔は見えない。それが余計に俺に恐怖心を与えた。男の手が体中を這い回る。胸を触って、ようやく俺が男だと気が付いたのか、相手は舌打ちをして逃げていった。 信じられなかった。 抵抗出来なかったこと、恐怖で体が動かなかったこと、何もされていないのに、涙が止まらないこと。かわいらしい少女じゃあるまいし。何を泣く必要があるんだと自分に言い聞かせても、こみ上げてくるものを抑えることは出来ず、俺は警察が来るまで、一歩も動くことなく静かに泣いていた。 気持ち悪くて、怖くて、そんな風に感じている自分がなにより一番気持ち悪くて、恥ずかしくて、誰にも会いたくなかった。特に佐助には。 佐助は、根が真面目なやつだから、俺を傷つけまいと、真綿にくるむように優しく接する。仕事を休んで、尽くしてくれる。でも、俺にとってそれは何よりの苦痛だった。自分の所為で佐助を縛り付けている。そのことが悔しくて、悲しかった。 だから小十郎が来たとき、俺は迷わず小十郎に手を伸ばした。小十郎は恋人じゃないから、対等な関係じゃないから。気持ちがすごく楽になった。甘えてもいいんだと思えた。佐助に無理させなくてすむと思った。 思ってたのに。 |