指で紡ぐ愛情 | ナノ
誰が望んだ結末だったか



片倉さんが帰国してからというもの、俺は病院に顔を出さなくなっていた。いや、正確には病室に、だ。病院自体には今後の入院やリハビリ内容医療費なんかについて話をする為二日に一度は行っていたし、病室にだってその都度行ってた。でも、どうしてもあの二人の空間に入っていくことが出来なかった。
久しぶりに会った二人の邪魔をするのは申し訳ないという建前と、自分が政宗にとって不必要な存在だと思い知りたくないという本音がそうさせた。

(でも、そうも言ってられないか…)

俺は昨日かかってきた徳川の旦那からの電話を思い出す。徳川の旦那は先日政宗を怖がらせてしまったことを気に病んでいるらしく、会いに来づらいのだという。そこで俺が事件について聞くか、それが出来なくとも徳川の旦那のことを話して捜査に協力できそうかどうかを聞くことになった。確かに病室には入りづらいが事件の解決は政宗にとっても良いことだ。

「よし、」

俺が小さく気合いを入れて病室を開けると、既に片倉さんがいて、二人で筆談をしていた。政宗の表情が以前より明るいことにほっとしつつ、気まずい雰囲気をどうにかしようと挨拶をした。片倉さんは政宗の肩をたたき俺の方へ向かせると、少し本社に顔を出してくると言って政宗にも恐らく同様の内容を記し、病室を出ていってしまった。

(気を遣わせちゃったかな…)

片倉さんに申し訳なく思いながら、しかし俺は先ほどまでとは明らかに違う政宗の強ばった表情に気を取られていた。一歩近づけば揺れる瞳。俺は悔しいとか悲しいとか、そんな簡単に言い表すことが出来ないような感情がふつふつと湧いてくるのがわかった。

かつかつとベッドへ近寄り、備え付けられた簡易テーブルのペンを取り、先ほどまで二人が筆談を交わしていた紙に『おはよう』と書き付けた。それを見た政宗は、困ったような顔をしてぺこんと頭を下げる。

「はは…なんで他人行儀なの、」

思わず漏れた独り言にも、政宗はびくりと反応する。聞こえてない筈なのに何をそんなに怯えてるのか。
俺には今の政宗が、何一つ理解できない。

『なんで俺と話そうとしないの』

思った通りにそう書くと、政宗は暫しその文章を見つめて、おずおずとペンを走らせた。

『そんなことない』

そんなことない?
これが?本当に?

『嘘だ。俺なんかしたっけ?』

こんなに思ってるのに、どうして俺には話してくれないんだ。どうして片倉さんなの。なんで。どうして。

『悪い、帰ってくれ』

その文字の羅列を見た瞬間俺は頭に血が昇るのを感じた。冷静さなどどこにもなく、怒りにまかせて声を荒げた。

「いい加減にしろよ!」

簡易テーブルを叩くと、政宗が怯えた様な目で俺を見る。そんなことにさえ苛立ちを感じて、力任せにベッドサイドに置かれていた花瓶を床に投げつけた。

「俺はアンタのなんなわけ?恋人なんだから心配すんの当然だろ?」

がたがたと震えて視線を逸らす政宗となんとしてでも視線を合わせたくて、淡い色のパジャマの襟元を掴んで顔を寄せる。

「こっち見なよ…ねぇ、政宗の恋人は片倉さんじゃないでしょ。なんで俺を困らせるの。これ以上俺にどうしろって言うんだ!!」

普段出さない大声を出した所為か、呼吸が乱れた。はあはあと情けなく息を整えたら、少しばかり冷静さも戻ってくる。

そして俺は、ほんの一瞬前の自分がやってしまった、悔やんでも悔やみきれない行いを直視する。

「あ…まさ、むね…」

政宗は胸の辺りを抑えながらぜえ、はあ、と肩で息をする。顔は苦しげに歪み、目からは涙が溢れていた。

「政宗、ごめ、」
「貴様!退け!」

謝罪の言葉は看護師の怒鳴り声でかき消された。

「割れる音がしたから来てみれば…」

看護師が俺と政宗の間に割って入り、大丈夫ですか、と政宗に呼びかけるが返ってくるのは苦しそうな息遣いだけ。

「俺は…」

後悔なんて、遅すぎる。
俺は呆然と病室を出た。



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