次の日の午後、つまり政宗が襲われてから二日後、旦那とチカちゃんと慶ちゃんが病院まで来てくれた。 「政宗殿はどうだ?」 「うん、それがちょっと…」 俺は午前中を思い出す。 病室で、政宗の寝顔を見つめながら今後のことを考えているとノックが聞こえてきた。どうぞと応える間もなくドアがスライドした。 「おっと、政宗は寝ているのか。」 筋肉質な体に爽やかな顔つき。見たことのない男はしかし政宗を知っていた。 「あの、どなたですか…?」 寝不足やらでナーバスになっていた俺の警戒しつくした顔に相手は慌ててスーツの胸ポケットから何かを取り出し、俺に開けて見せた。 「警…察、」 「ああ、申し遅れたな。儂は今回の事件の担当者の徳川家康だ。」 警察手帳を再びポケットに戻すと徳川と名乗る男はすっとお辞儀をした。俺も慌てて椅子から立ち上がりお辞儀をして名乗る。すると男は少し困ったような顔をした。 「警察といったって畏まらなくていいんだ。こちらは捜査に協力してもらうのだし、政宗の友達なんだろう?」 友達という表現には少し異議を唱えたかったが、そんなことどうだっていい。 「あの、さっきから政宗って呼んでますけど、あなた政宗の知り合いなんですか?」 見苦しい嫉妬と思われたかな。目線を上げて様子を伺うと男はそんな素振りを少しも見せず、にこっと笑った。 「儂は政宗の幼なじみだ。」 「幼なじみ…」 俺の呟きに男は頷く。そして悲しそうな顔をした。 「このような再会になるとはなぁ。」 がしがしと頭を掻いて一息つくと、男は再び爽やかな顔つきに戻り、政宗が目覚めた頃に出直すよ、と踵を返した。 「あ、待って!」 「ん?」 男が踵を返したと同時に寝ていた政宗の目がうっすらと開いたのを俺は見逃さなかった。 「政宗が起きたみたいだから、」 事件が早く解決してほしいという気持ちと、心配している幼なじみと政宗を会わせてやりたいという気持ちから俺は男を呼び止めた。男はすぐさまこちらへ戻り、ベッドをのぞき込んだ。 「おお、政宗!久しぶりだな!ってそうか、聞こえないんだったな。えぇと、メモメモ…」 再会を喜ぶような男の声色に俺もほんの一瞬事件を忘れた。目覚めたばかりの政宗に水でも飲ませようかと備え付けの冷蔵庫に目をやった瞬間、どしんという鈍い音が部屋に響いた。 「政宗!」 見れば昨日のようにベッドから落ちた政宗の姿。ただ昨日と違うのは、ひどく怯えた表情でずりずりと後ずさりをしていることだ。 俺はすぐさま駆け寄りその体を抱きしめる。かたかたと小刻みに震えていることに気づいた。 「な、なんだ?どうしたんだ?」 状況が飲み込めずぽかんとする男が俺たちに近づこうとしただけで政宗の体がさらに震える。 「政宗、落ち着いて!あの人は大丈夫だから!幼なじみでしょう?」 聞こえないことなど忘れて夢中で言った。それでも震えは止まらず、息づかいも荒くなる一方だ。 「おい、何をしている!」 声に振り返れば、看護師にしては珍しい金髪の髪が揺れた。 「貴様っ!」 看護師は男に気づくとその太い腕を力一杯引っ張り、投げ捨てるように病室から追い出した。 「な、なんだというんだ看護師さん、」 「貴様警察とか言っていたな。よく考えてもみろ!!襲われているんだぞ?恐怖心を抱くのは当然だろう!!」 ばしんという音が聞こえた。ベッドが邪魔で見えないが、恐らく男は金髪の看護師に叩かれでもしたのだろう。 俺は男を少しばかり哀れに思いながらも、男が部屋から出されてから政宗の呼吸も震えも治まったことに安心した。 「男の人全てが怖いのかはわかんないけど、その看護師さんによると暫く様子を見た方がいいかもなって。慶ちゃんとチカちゃんはその警察の人と似た体格だし。」 廊下を歩きながら説明をすると三人の顔つきが暗くなる。病室を追い出された後、謝りながら帰っていった警察のあの男も似たような顔をしていたな、と思い、俺は何とも申し訳ない気持ちになった。 「病室ここね。」 そうこうしている間にも病室に着く。三人の緊張が伝わってきて俺もどこか硬い表情になりながらドアを開ける。離れた場所から見た政宗の顔色は悪く、涙の所為で目が少し腫れていた。 「政宗、」 とんとんと肩を叩けばぼんやりとした目がこちらを見た。髪の毛を軽く撫でてやり、用意してきたメモに『旦那とけいちゃんとちかちゃん来てるけど会える?』と書き付けた。政宗はその文章を読んでこっくりと頷いた。 「三人とも、こっち!」 手招きすれば遠慮がちに三人が入ってくる。俺は左手で政宗の冷たい手を握り、右手で三人にペンを渡す。まずは慶ちゃんがさっきのメモに『久しぶりだね』と書いて、政宗の肩をぽんぽんと叩いた。 政宗はそのメモをとろんとした目で見ると、やはり頷くだけだった。 「佐助、やっぱまだ会いに来るの早かったかな?」 慶ちゃんが悲しそうに、困ったように言うと、旦那もチカちゃんも同じような表情でこちらを見ていた。 「えっと、」 そんなことないよと否定したいけど、今の政宗の様子を見れば、時期尚早だったということは一目瞭然だ。それでも俺は、三人の好意がありがたくて、どうにか政宗にもわかってほしくて言い倦ねてしまう。 「佐助、大丈夫だ。俺たちならまた来るからよ。」 そんな俺の心情を汲み取ってくれたのかチカちゃんが努めて明るくそう言ってくれた。 「うむ!今日だって顔色が伺えただけで充分でござる。政宗殿、しんどい中ありがとうございました。」 旦那はそう言って政宗の空いている方の手をぎゅっと握った。慶ちゃんもそれを見ると少し微笑んで、『また来るね』とメモに書き付けた。 「じゃぁ佐助、無理しちゃ駄目だからね!」 「また連絡くれよ。いつでも行くぜ。」 「政宗殿、また伺います!」 仕事の合間をぬって来てくれた三人を見送ると、俺は政宗を振り返る。 相変わらずぼんやりとしたその目は、なにも映していなかった。 |